自意識という劇場を経てみて 又吉直樹、新作語る

2017年05月10日

又吉直樹さん=東京都新宿区、川村直子撮影

 お笑い芸人で作家の又吉直樹さん(36)の芥川賞受賞後第1作となる小説『劇場』(新潮社)が11日、刊行される。芥川賞受賞から2年。次作への焦りと重圧の中、「納得できるものにしたい」と歳月を費やして、ものにした力作だ。

 舞台は、表現者の卵が集まる東京・下北沢。主人公の永田は高校卒業後、劇作家を目指して大阪から上京し、小劇団を旗揚げする。だが、奇をてらった永田の舞台の評判は芳しくなく、独善的な性格もわざわいして劇団仲間に見限られてしまう。自尊心がどん底まで落ちた中、偶然出会い、同棲(どうせい)するようになった服飾専門学校生の沙希の存在に癒やしを見いだしていく。

 芥川賞受賞作『火花』よりも先に執筆していたという本作だが、受賞後、執筆を再開するまでの1年ほどは「ただただおびえていた」と振り返る。『火花』は評判を呼び、単行本・文庫あわせて311万部のベストセラーに。元々、周囲の評価にはあまり揺らがないタイプだが、「肯定的な意見でも自分の意図とずれがあったり、いろんな視点が内面化されてわからなくなって」。

 自分の作品を批判した作家の小説を仕返しにあら探ししながら読んだり、生まれて初めて「エゴサーチ」(評判を確かめるためにネットで自分の名前を検索すること)に手を染めたり。「人を呪ったり、恨んだり、生の感情を久しぶりに感じました」

 ふっきれたのは昨年9月ごろ。「そもそもみんなに好かれてきた人間やないし、何みんなの要望に応えようとしてんねん、て気づいて」。初稿に戻り、手応えを取り戻していった。

 経験は、創作にも生きた。主人公・永田の、才能のある同世代の劇作家への嫉妬心。あるいは唯一の理解者であるはずの沙希に対しても、経済的に依存していく自らのふがいなさに自己嫌悪を募らせていく姿。永田の自意識はそれ自体が「劇場」と化し、関西弁の語りの妙も相まって、スリリングに疾走していく。

 前作でお笑い芸人、本作で劇作家と、20代の青春期にある登場人物たちは、表現の追求と、社会的承認の間で葛藤する。自身がお笑い芸人として売れる前、「いける、だめや、という二面性が常にあった」。その感覚を、薄れる前に書き留めておきたかった。

 「これからは、30代の記憶が小説になっていくかもしれない。これほどおもしろい表現手段はないですから」

 ※記事は書籍発売直前に朝日新聞に掲載されたものです

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