子規の「山会」、芥川賞作家らが特別版 生誕150年、「写生文」多様な捉え方を語り合う

2017年05月28日

「山会」で評し合う4人。左から稲畑汀子さん、辻原登さん、藤沢周さん、長谷川櫂さん=横浜市の神奈川近代文学館

 正岡子規(1867~1902)が始めた文章の鍛錬会「山会」の特別版が、横浜市の神奈川近代文学館で4月末に開かれた。俳人の稲畑汀子さん(86)と長谷川櫂さん(63)、ともに芥川賞作家の辻原登さん(71)、藤沢周さん(58)が「写生文」を披露。221人が熱心に耳を傾けた。
 今年、子規の生誕150年を迎えたのにちなんで開かれた。子規は俳句、短歌とともに文章の近代化にも取り組み、ありのままを平明な言葉で描きつつ本質を捉える「写生文」を提唱した。晩年の2年間は、高浜虚子ら弟子たちが病の子規の枕元に集い、文章会を開くように。参加者は自作を朗読して批評を交わし、好評作が「ホトトギス」に掲載された。「文章には山(場)がなければならない」と子規が語ったことから「山会」と呼ばれた。
 夏目漱石の『吾輩は猫である』や伊藤左千夫の『野菊の墓』は、子規没後に虚子が引き継いだ山会から生まれたものだ。「ホトトギス」名誉主宰で、現在も毎月、山会を開く稲畑さんは会の冒頭、写生文について「本当のことを書きつつ(内容と言葉の取捨選択で)読む側の想像力を上手に引き出すことも大切」と語った。
 今回、4人は原稿用紙3枚(1200字)以上で書き、読み上げた。まず長谷川さんの「攫(さら)われそうになった話」。小学生の頃、近所の塀の扉をくぐって目にした、異世界のような光景と不思議な体験を描いた。藤沢さんは「波」。荒れ狂う大海原でかなたの水平線だけが静かな光を放つ。崖から身を乗り出したその時、日常へと引き戻される。
 辻原さんは無題(後日「谷間変奏」とした)で、近所の小さな流れの水源をたどる道行きが、次第に謎めいた、幻想的な旅になっていく。原稿用紙6枚半に及び、一編の小説のようでもある。最後に稲畑さんが「いのち」を披露。多忙な日々、周囲の人々とのあたたかでペーソスのにじむ交感が、サボテンやチューリップをめぐるエピソードと共に語られた。
 各作品は、「写生」の多様な捉え方をも感じさせることになった。長谷川さんは「言語は想像力と一体であり、言葉で書くとは現実から離れていくことなのでは」と投げかけ、辻原さんは「僕はフィクションをつくる強い意思の下で写生文を書き、それが本当のことと読み取られればいい」と述べた。藤沢さんは「書くことであいまいな思考や知覚がわかってくる。目の前にあるものを正確に書き、『主客合一』に近づきたい」と語った。
 「判定役」の稲畑さんは「全員パス(合格)」とし、4編は「ホトトギス」9月号に掲載予定だ。(小川雪)

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