ウソも本当に、生まれ変わる 佐藤正午「月の満ち欠け」

2017年06月14日

佐世保にこもって書き続ける佐藤正午さん。「この前、サイン会で長崎市に。3年ぶりに佐世保の外に出ました」

 同業の作家ら、小説を最もよく知る人たちから「小説巧者」と呼ばれる佐藤正午さんが、新刊『月の満ち欠け』(岩波書店)を出した。月が欠けてもまた満ちるように、死んでも生まれ変わりを繰り返す女性の物語。奇抜な着想に、卓抜な語り口で生命を与える手並みは今作も鮮やかだ。

 物語は、初老の会社員小山内が東京駅のカフェで、若い母娘と待ち合わせる場面から始まる。その少女るりは初対面の小山内に向かって、彼の若くして亡くなった娘が描いた絵を「あたしのだよ」と言い張る。

 困惑する小山内が聞かされたのは、るりの前世は彼の娘瑠璃(るり)であり、さらにさかのぼる前世で引き裂かれた愛のために、生まれ変わりを繰り返しているという信じがたい告白だった。

 〈神様がね、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように、死んで種子を残す……もうひとつは、月のように、死んでも何回も生まれ変わる〉

 作中で語られる神話は、普段から本や映画で気になったことを走り書きしているメモの中にあり、着想のきっかけになったという。

 「ただ、生まれ変わり自体がテーマではありません。スープを飲んでもらうための出汁(だし)ですね。書きたかったのは、あり得ないことに直面した人たちが、それを受け入れるかどうか、その反応の濃淡です」

 実際、物語は現世や前世の「るり」に関わった人々の回想が絡み合い進んでいく。生まれ変わりを告白され、積極的に信じる人もいれば、小山内のように受け入れまいとする人もいる。

 あり得ない出来事そのものよりも、それを取り巻く人間模様の描写を細やかに重ねていくことで、いつの間にか小説の虚構を「あり得るかも」と思わせてしまう。その手管は、超能力を描いた『5』といった過去の作品とも共通する。

 「落語の語り口を話芸と言うように、小説にも『文芸』があります。ウソを本当にするには、全編、文芸の見せどころです」

 約20年ぶりの書き下ろし。「一つ書いている時は、次のテーマは考えない」といい、小説の新刊は数年おきだ。それでも、「いつまでも読んでいたい」と評されるなめらかな文体には、作家のファンも多い。

 2015年に山田風太郎賞を受けた『鳩(はと)の撃退法』の帯には、角田光代さんが「ひたすら待っていました」と言葉を寄せた。玄人をうならせる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」のようだが、「そういう評判は、佐世保までは届きません。遠いので」。

 1979年に北海道大を中退し、地元の長崎県佐世保市に戻って小説を書き始めた。同県諫早市を拠点にした早世の芥川賞作家、野呂邦暢(くにのぶ)の存在があったからという。「1行書けば、それが詩になる」。その文体にほれ込んだ。

 「デビュー時は若かったので、僕も文章の語り口、文芸だけで読んでもらえるはずだと思っていました。でも、作家を続けるためには、やっぱりストーリーは必要ですね」

 書くこと以外に煩わされない佐世保暮らしだが、「近くに作家仲間がいれば『余ってるストーリーない?』って聞けるのになぁ」。冗談めかした言葉に、借りてきた題材でも読ませてしまう「文芸」への自負がのぞいた。

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