奇想の神話的世界、オフビートで 町田康「ホサナ」

2017年06月21日

町田康さん=飯塚悟撮影

 作家の町田康さん(55)が、執筆に5年をかけた大作『ホサナ』(講談社)を出した。身勝手な人間たちの振る舞いの総量が臨界点を超えた時、超越的存在(神?)が人間に暴威をふるうパラレルワールドが現れて――。正しさとは何か。信仰とは何か。新境地ともいえる神話的世界を立ち上がらせている。

 主人公の「私」は、親の遺産に恵まれて飼い犬とともに悠々自適に暮らしている。が、ある日ふらりと参加したバーベキューで災厄に遭ったことをきっかけに、平凡な日常は一転。姿を見せない謎の声「日本くるぶし」から「正しいバーベキューをせよ」との意味不明な啓示を受け、時空がゆがんだまがまがしい世界に放り出されてしまう。

 人を焼き尽くす「光柱」に襲われたり、死臭漂う地下駐車場に閉じ込められたり。場当たり的な主人公が不条理なミッションに翻弄(ほんろう)されていく展開は、『告白』(谷崎潤一郎賞)、『宿屋めぐり』(野間文芸賞)でもおなじみだ。だが本作は、主人公の運命だけにとどまらず、世界全体を巻き込んで正義や神などの主題を膨らませていく。

 「ホサナ」とは旧約聖書にも登場するヘブライ語で、「救いたまえ」の意。「言葉自体にひかれたのと、聖書的な静かな文体をイメージして、ああいう書き出しになったんです」

 奇想に満ちた物語の中で特に印象的なのは、人間に奉仕する目的で製造された「ひょっとこ」だ。執筆に取りかかったのは2011年。彼らが太古の昔、「泥鰌掬(どじょうすく)い」ならぬ「土壌救い」の役目を担っていたというくだりは、原発事故のイメージがちらつく。「駄じゃれでふざけているわけじゃなくて、時代に鳴ってるサウンドのようなものが無意識に映りこんできた」

 トレードマークとも言える関西弁の冗舌体を抑制し、過度に徹底した文語体や、「くるぶし」「ひょっとこ」などおかしみのある言葉選びはオフビートな乗りを生みだし、抱腹絶倒の700ページ。本作に限らず、「ロハス」「エグザイル」など現代の世相を映した脱力的な言葉の織り交ぜ方は町田文学の骨頂だが、作品の寿命は意識しないのだろうか。

 「例えば明治の小説で意味が分からない言葉が出てきても、その場の文章の中で響いていれば注釈がなくてもわかることがありますよね。いま一番響く、笑える言葉はどれか。その『今』は書いている今。それを基準に実はけっこう慎重に選んでいるんです」

 取材中、「書いているうちにそうなった」というまるで衒(てら)いのない答えが度々返ってきた。「この状況をどうコントロールしよう、と作家として悩んでいるんじゃなくて、自分が作り出した状況に入っていって、その中で本気で悩んでいる」とも。この作家は、ここに書かれた荒唐無稽な世界を、実は本当に経験してきたのかもしれない。

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