(漱石 生誕150年)対談が生む、新たな気づき いとう×奥泉・石原×小森、相次ぎ刊行

2017年06月25日

いとうせいこうさん(左)と奥泉光さん=東京都内

 夏目漱石をめぐる対談本が相次いで出ている。語り合えば、新たな気づきがある。
 いとうせいこう×奥泉光『漱石漫談』(河出書房新社・1728円)は漫談スタイルで漱石を語る。2人はトークライブ「文芸漫談」で、古今東西の名作を語ってきた。漱石は『吾輩は猫である』『草枕』『三四郎』など8作。それらを採録した本書を漫談するイベントが都内であった。
 漱石を読むと自分の小説を書きたくなって思わずパソコンを起動してしまう、と奥泉さん。「全然違うものを違う文体で書いているのに、漱石がすごく良くて、この質感は自分の小説で実現できているのかと思い、ぱたっと本を落としてしまう」。漱石は作家の言葉にも刺激を与える。「今まで使ったことのない言葉に注目しちゃう」と奥泉さん。「嫂(あによめ)とかね」といとうさんが言えば、奥泉さんが「石畳ではなく石甃(いしだたみ)」と続ける。
 『吾輩は猫である』をいとうさんは「猫鍋」と表現する。「『猫』を書きながらほかの小説がぐつぐつ煮えてできあがってくる」。奥泉さんも「5章ぐらいで小説家としての漱石がむくむくと立ち上がってくる。以前は気づかなかった。漫談での発見でした」。
 年を重ねて楽しめるようになったという『門』。「生き生きとした失敗」と言い切る『こころ』。「残りの作品も全部やらないと」と、いとうさん。最後は。「あれを理解して小説を書こうとした作家はいないでしょう」と奥泉さん。『文学論』が待っている。
 いとう×奥泉が10年以上しゃべり続けてきたのに対して、この2人は10年以上、言葉を交わさなかった。石原千秋×小森陽一『漱石激読(げきどく)』(同・1944円)は漱石を専門とする研究者の対談本だ。
 ふたりは『文学論』から始める。冒頭の難解な「文学的内容の形式は(F+f)なることを要す」を読み解いてゆく。
 小森さんは「文学について考えるために心理学と社会学を使うというのがまず異様な決意」と話し始める。「今でもすごく新しいと思う」。これに石原さんは、読者の心理分析のために漱石は心理学を必要とした、と受ける。当時の新聞に書かれた事件や風俗を、漱石は新聞小説に取り入れ、読者はそれを新聞で読んでいた。「読者を大前提としなければ文学は成立しないということにすでに気がついていた」と石原さん。対談がたどり着いた先はその斬新さ。「漱石はすごい、すごい」なのだ。
 (中村真理子)

漱石漫談

著者:いとうせいこう、奥泉光、施川ユウキ
出版社:河出書房新社

表紙画像

関連記事

ページトップへ戻る