「見る」本当の意味を問う 谷崎由依「囚われの島」

2017年07月19日

谷崎由依さん=東京都

 翻訳家としても活躍する作家、谷崎由依さんの小説『囚(とら)われの島』(河出書房新社)が刊行された。主な舞台は現代の日本。けれど物語にはかつて養蚕で栄えた小さな村の伝承、そしてギリシャ神話までが複雑に絡んで、謎と深みに読者を誘う。
 主人公は新聞社に勤める女性、由良。都心のバーで盲目の調律師、徳田と出会う。
 そこまでは、しゃれた恋物語の始まりのよう。けれど、蚕を飼う徳田の部屋に由良が足を運ぶにつれ、物語は時代を超えたもう一つの物語と重なり、広がっていく。
 それは太平洋戦争を前にした、海辺の小さな村の伝承。養蚕業でいっとき栄えた村は、恐慌と戦争にのみこまれていく。「蚕のことはずっと書きたくて」と谷崎さん。何年も前から資料を集めていたという。
 二つの時代の物語を通して描かれるのは、「見る」ことをめぐるさまざまな弱者の姿だ。社会の現実を「見る」ために記者になり、けれど組織の力学にねじ伏せられていく由良。視力を失い、暗い部屋で独り暮らす徳田。養蚕の村では、かつて盲目の子を閉じこめた島に捧げるため、村の娘が人身御供になる。
 そして物語の底に流れるのは、ミノタウロス伝説のイメージだ。牛の頭と人間の体を持ち、迷宮に閉じこめられたギリシャ神話の怪物。でもその怪物はどうやら、自分で自分の顔を見たことがない。
 「私たちは鏡を見なければ、自分が何者なのかもわからない」と谷崎さんは言う。由良は盲目の徳田との関係を通じて「見る」ことの本当の意味を問い、やがてある決意を経て、自身の姿を見つめ直していく。
 タイトルの「囚われの島」とは村の人々が盲目の子を幽閉した島であり、ミノタウロスが閉じこめられた迷宮の島のことでもあるだろう。でもきっと、さまざまな弱い立場に「囚われ」ている現代の人たちの存在が、谷崎さんの視線の先にある。
 「そこは終わりじゃなく、出発なんじゃないかって感じ」。光と闇が同居するような、物語のラストシーン。人間という生き物のしたたかな強さを、読者はきっと、かみしめる。(柏崎歓)

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