「否定しきれないものこそ書くべきもの」 上田岳弘新刊

2017年08月23日

上田岳弘さん=東京都

 上田岳弘(たかひろ)という作家は、時空の広がりを見渡すような、壮大な作風で注目されてきた。でも、今作は少し様子が違う。『塔と重力』(新潮社)は、予備校生の「僕」と「美希子」の出会いという、妙に平凡な始まり方。いったいどうしてしまったのか。
 新潮新人賞を受けた「太陽」では、太陽の核融合を利用した錬金術の話を書いた。三島由紀夫賞の『私の恋人』は、クロマニョン人の時代から10万年越しで女性を思う恋物語だった。
 「今までSF的だと言われることが多かったので」と上田さん。「今回はSF的な要素をあえて抜きにして、その上で同じような規模のものを書けないかと」
 表題作の「塔と重力」は、「僕」と美希子が阪神大震災で生き埋めになった回想から始まる物語。亡くなった美希子を忘れられない「僕」を大学時代の友人「水上」が呼び出し、「今日は美希子を呼んでいるんだ」と告げる。
 新宿のラブホテルや銀座のカフェを舞台に、いわゆるリアリズム小説の体裁でストーリーは進む。けれど「人類」や「世界」という言葉をやたらと口にする水上の存在感が増すにつれ、物語はやはり、上田作品らしい壮大なビジョンに染まっていく。塔とは何か。重力とは何か。続く短編2作も、読み解きの手がかりになるかもしれない。
 「人生のこの瞬間は今しかないとか、個性を大事にしようとか、今まで文学が表現してきたそういうものを、完全否定して書けないかという興味がずっとあった」と上田さん。
 「でも一方で、それでも否定しきれないものがあるとしたら、それこそが書くべきものだという思いもあって」。いわば「リアリズム縛り」に挑んだ今作で、上田さんは、壮大な宇宙的視野と細やかな日常的描写の両方を行き来するような、新たな創作の手がかりをつかんだように見える。
 フェイスブックのどんな投稿にも「いいね!」と賛同する、エリック・ボーデンという変な登場人物が、物語の終盤、ある言葉をインターネット上に残す。ごく単純な言葉なのに、これがじわっと胸に響く。
 「こういうベタなのを、文学のなかに仕込むのが趣味で」。冗談めかして上田さんは言う。でもたぶん、壮大な物語の片隅にちらつくそんな愚直さにこそ、上田作品の見逃せない魅力がある。(柏崎歓)

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