対局のドラマ、人生に似て 柚月裕子さん「盤上の向日葵」

2017年09月24日

柚月裕子さん

 連載を始めたのは2年前。空前のブームは予想もしていなかった。骨太なミステリーで人気の作家、柚月裕子さんの新作は将棋がテーマ。『盤上の向日葵(ひまわり)』(中央公論新社・1944円)は、天才棋士の過酷で謎に満ちた人生を2人の刑事がたどる長編ミステリーだ。
 土に埋められていた遺体は袋に入った1組の将棋の駒を握っていた。しかもそれは幻の名駒。志半ばで棋士を諦め、刑事になった新米の佐野と、将棋は素人だが捜査の腕は確かな中堅刑事の石破、でこぼこコンビが事件を追う。2人が向かうのは棋界最高峰を決する対局室だった。
 阿佐田哲也『麻雀(マージャン)放浪記』にあこがれて、「勝負事を書いてみたい」と将棋を題材に選んだ。ただその知識は「父から駒の動かし方を習った程度の縁台将棋」。そこから資料を読み込み、飯島栄治七段の監修を受け、息の詰まるような対局を作りあげた。
 「将棋はフェアなゲーム。封じ手や駒落ち、どこまでも平等であろうとする資質がいい。将棋が平等である一方、人生はどこまでも不条理。両極にあるものを掛け合わせることで、今まで書いたことのないミステリーができるのでは、と思いました」
 竜王戦を観戦した。「第一手から投了するまで盤上には無限のドラマがある。棋士がどういう選択をするのか、それは人生に似ているかもしれません」
 捨てられない過去や、心に残る泰西名画。小説のモチーフに「目新しさは、実は何もありません」と言いきる。「書き尽くされたテーマだと言ってもいい。言い換えればそれは誰もが抱えている生きる上での苦しみ。プロットを決めたときに、そこを丁寧に描いていこうと思いました」
 大藪春彦賞を受けた『検事の本懐』や日本推理作家協会賞の『孤狼(ころう)の血』など硬派な男の世界を描いてきた。「人間の心が一番のミステリー」と言う。松本清張『砂の器』を繰り返し読む。「柚月版『砂の器』を目指しました。自分ではどうしようもできない運命を背負いながら、もがき、あがき、生きようとする姿は他人がどう言おうと尊いと思う」
 (中村真理子)

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