書くことで問い続ける歴史 金石範「火山島」

2017年09月27日

金石範さん=東京都台東区、竹花徹朗撮影

 在日朝鮮人作家、金石範(キムソッポム)氏(91)が韓国で脚光を浴びている。20年前に完結した大長編小説『火山島』で文学賞を受け、シンポジウムや読書会も開かれている。朝鮮半島分断が固定化する現実と、北朝鮮との対話を進めたい文在寅(ムンジェイン)政権の誕生。その葛藤を、源流ともいえる69年前の「四・三事件」を描く作品に重ね合わせた現象ともいえそうだ。

 金氏は今月、ソウル市恩平(ウンピョン)区の「第1回李浩哲(イホチョル)統一路文学賞」を受けた。南北分断の不条理を描き昨年死去した作家にちなみ、世界の作家を対象に創設された賞だ。ドイツやインドの他候補を圧倒し、5人の審査委員の満場一致で金氏の受賞が決まった。

 背景には、原稿用紙1万1千枚の「火山島」の韓国語版が2年前に全12巻(日本では全7巻)出版されて増刷、人気がじわりと浸透していることがある。「韓国語版のゲラを見て、あまりに長いので嫌になった」と本人が苦笑するほどだが、「韓国の研究者が主催する読書会の参加者50人すべてが火山島を読破していたと聞いて驚いた。一生懸命読んでも3、4カ月かかるはずなのに」と読まれている実感を語る。

 「火山島」はディアスポラ(流浪の民、故郷喪失)文学の最高峰とされる。しかし金氏は「韓国ではもはやディアスポラではなく、韓国文学そのものといえる。最近、北の脅威が増し南北統一が遠ざかったとはいえ、北の民主化が進めば、朝鮮全体の文学にもなるだろう」と言う。

 「たとえば南(韓国)には解放(日本の敗戦)の1945年から48年の大韓民国の建国まで、3年の『解放空間』を文学にしたものは、ほとんどない。近現代史自体が確立していない。歴史のないところに私が歴史を書いたことにもなる」

 さらに「火山島」を貫くテーマ「四・三事件」は韓国人には書きにくいという。「革命の犠牲になった受難の文学だから。南の単独選挙に反対して蜂起したのは暴徒でなく、革命の戦士だったが、韓国はいまだにそれを認めていない。その意味で、韓国ではまだ言論の自由がない」

 確かに、韓国語訳が出版され韓国メディアのいくつかが取り上げた際、主題を「済州四・三」とだけ表現し、「抗争」や「弾圧」という言葉を使わなかった。

 金氏は小説の舞台、韓国南端の済州島にルーツを持つ。だが戦後、韓国籍を選ばず、朝鮮籍で通した。南北統一の夢を捨てていないことと、韓国の成り立ちに疑念を持っていることが理由だ。2年前には韓国入国を拒否された。

 「その年、済州島で『四・三事件は(初代韓国大統領の)李承晩(イスンマン)とアメリカの侵攻によって起きた』と言った。四・三をいけにえにして南だけの単独選挙を強行した政権に正統性がないからだ。この発言が保守派の怒りを買ったようだ」

 今もなお、事件の真相究明を求めて市民集会などで発言し、書き続ける。

 「私は南にいても北にいても『火山島』は書けなかった。とっくの昔に活動家として殺されていた。長編に恵まれたのは運命の皮肉。死者は生者の中に生きる。長く生きてしまった私の中に、死んだ多くの友がいる。それが書き続けるエネルギーになる。歴史を書くとは、そういうことでしょう」(編集委員・市川速水)
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 キム・ソッポム 大阪市生まれ。京都大文学部卒業。1957年に「鴉(からす)の死」を発表し、以来、韓国や在日社会を舞台にした著書を発表。今も雑誌「世界」で四・三事件のその後を描く小説「海の底から」を連載中。

 <「火山島」と「四・三事件」> 韓国・済州島で1948年4月3日をピークに起き、万単位の人々が犠牲になった「四・三事件」の実話が主題。来日した島民から聞いた惨状や現地取材を元に小説化した。南だけの単独選挙や単独政権樹立に抵抗した島民の蜂起と当局による弾圧、若者の葛藤を描く。76年から文芸誌「文学界」に連載され、完結まで22年間を費やした。84年に大佛次郎賞を受賞。

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