戦争、日本人に向いていない 西村京太郎が自伝的作品

2017年10月04日

西村京太郎さん=神奈川県湯河原町、浅野哲司撮影

 作家、西村京太郎さん(87)が戦時下の少年時代を振り返る『十五歳の戦争』(集英社新書)を書き下ろした。東京陸軍幼年学校での体験をつづり、現代の日本を戒める、自伝的ノンフィクションだ。

 1945年4月、14歳で陸軍幼年学校に入校した。「どうするのが一番トクか」と考え、このままでは二等兵になって殴られそうだ、とエリート将校の養成機関を選んだ。芋や麦などの代用食ではなく米飯でうれしかったが、集団生活は厳しかったという。

 ラッパで起床、食事も整列も遅れてはいけない。教師の命令は絶対だ。1カ月を過ぎる頃、鏡の中で自分の目がキラキラしているのを見つけて驚いたという。「緊張が続いたせいだと思う。すごく充実していた。おかしな充実でした」

 戦争はいつまでも続くと聞かされ、そう思っていた。勝たなくても精神的には負けない、だからずっと続くのだ、と。「米軍が上陸したら、本土決戦で戦う。戦争は怖くなかった。10代では戦争の怖さはわからない」

 8月、空襲を受けて校舎は燃え、教師や生徒に犠牲者が出た。破壊された教室の材木で遺体を焼いたそうだ。「天皇陛下から頂いた短剣」を忘れて、取りに戻ったために命を落とした同級生がいた。校長は「名誉ある戦死である」と絶賛した。「当時それを疑う気持ちは誰にもなかった。立派に死ねばいい、人数が少なくても精神で勝つんだと言う議論は、今から見ればむちゃくちゃです」

 幼年学校での日々は5カ月後、終戦で突然終わる。玉音放送は焼け跡で聞いた。「悔しいんだよね。その一方、あ、終わったかと思った。毎日の空襲がなくなるのはうれしかった」

 緊張感の高まる国際情勢のなか、日本が目指す方向性が心配だ。「最近ちょっときな臭いですね。日本は外国から好戦的に見えているんじゃないでしょうか」

 「桶狭間の戦いが大好きな日本人は、現代の戦争には向いていない」。現代戦は敵をいかに多く殺すかではなく、いかに多く生き残るかだ、と説く。昔なら敗北も美化されたが、外国との戦争で国民みんなが死んでどうするのか。「戦争の中で日本人は生よりも死を上に置いてしまった。戦争には向かないのだから日本は中立国になればいい。ずるがしこく行動して、存在感を出したらいい」

 新書では戦中戦後の日本の歩みと並行して、自身の作家生活を見つめ直す。

 松本清張『点と線』を読んで「これなら、自分にも書ける」と錯覚して、29歳で人事院を退職。しかしやっとデビューしても10年以上、売れない時期が続いた。転機は78年、十津川警部が活躍するトラベルミステリー『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』だった。

 「突然売れました。売れる前も後も同じように一生懸命書いていたのですから、なぜ売れたのかわかりません。時代に受け入れられたということでしょうか」

 戦争から小説へ質問を転じると笑顔に。「ミステリーの話は平和でいい」。年6度の取材旅行で12社分の小説を書くという作家生活を続けてきた。出版した本は500冊を超えた。「小説のストーリーを考えているときが一番楽しい」

 「1分あれば殺せます」。時刻表で1分のずれを探すという。平日と週末で入線するホームが変われば時差が生まれる。最近、地方の豪華な観光列車が増えているが、カシオペアなどの昔ながらの夜行列車が好きだった。「豪華な列車に乗ると『車内では殺さないでください』と車掌に言われるんですよ。こっちは車内で殺すために乗っているのにね」

 特急の窓が閉め切りになって、窓越しの殺人トリックが使えなくなった。スマートフォンは一瞬で最適な順路を検索してしまう。「とかく殺しにくい世の中になりました」(中村真理子)

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