63歳新人、老境を苦く明るく 文芸賞・若竹千佐子

2017年11月08日

文芸賞贈呈式であいさつする若竹千佐子さん

 高校生だった綿矢りささんが受賞するなど若い作家がデビューする印象のある「文芸賞」だが、今年選ばれた若竹千佐子さんは63歳の主婦。史上最年長。しかも、受賞作の「おらおらでひとりいぐも」は「青春小説とは対極の玄冬小説」といい、74歳女性の一人暮らしの寂しさと自由を岩手弁で語っている。「老いの積極性を描きたい」という期待の新人の登場だ。
 若竹さんは1954年岩手県遠野市生まれ。岩手大卒業後、臨時教員をしていたが結婚して上京、主婦に。55歳の時に夫を亡くし、長男のすすめで小説講座に通って8年、初めて完成させた小説で文芸賞を受けた。
 「おらおらで」の主人公は桃子さん。夫をみとり子どもも離れた。74歳の今、封印していた故郷の言葉が内側からわき出て、大勢の「おら」たちによるジャズセッションのような会話で思考が成り立つ。〈人の心は一筋縄ではいがねのす。人の心には何層にもわたる層がある〉
 語りは東北弁、地の文は標準語と書き分け、独自のリズム感がある。題名は宮沢賢治の詩「永訣(えいけつ)の朝」の言葉からとり、「一人で死んでいく」という元の意味を「一人で生きて行く」という意味に転換した。
 東京都内であった贈呈式では選考委員たちが絶賛した。藤沢周さんは「文章の底にある力を感じた。今までの老境文学とは違う新しさを感じる」。町田康さんは「人間性がいまいちだと、書くものもいまいちになる。技とセンス以前の、魂のレベルで響かせるのは、ふだん何をきき、読み、考えて生きているかではないか。この小説は自分自身にも他人にも、問いと答えが絶え間なくある。深いダイアローグが成立している」と語った。欠席した保坂和志さんも選評で「苦いが明るい」作風を評価、様々な読み方ができると期待を寄せた。
 斎藤美奈子さんは「戦後の女性史を凝縮した作品。民主主義教育を受けながら男女差も残る時代の人生。ふだん小説を読まない人にも響くと思う」。出版元の河出書房新社の幹部たちは「この小説を読んで初めて妻の気持ちが分かった気がする」、「むしろ、男性が読むべきだと思った」。
 あいさつに立った若竹さんは「子どもの頃から小説を書くと思っていた。テーマが見つかるのに63年という時間が必要だった。小説の神様は気長に待ってくれた。焦らず、手応えのある言葉で書いていきたい。心の探索と社会への目線を忘れず、小説、なまけないで頑張ります」と語った。
 「おらおらでひとりいぐも」は雑誌「文芸」冬号に掲載、単行本は17日発売。
 (編集委員・吉村千彰)

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