[掲載]2008年6月27日夕刊
■幕末を舞台にした松本清張賞受賞作
中根興三郎は、朝顔栽培を生きがいとする北町奉行所の同心である。といっても吟味方や隠密廻(まわ)りといった花形のお役目ではなく、奉行所員の名簿を作成する仕事、つまりは閑職の筆頭であった。そんな主人に仕える還暦間近の下男、藤吉は気が気ではない。一刻も早く嫁を迎えて欲しいのである。だから、ある事情から子連れの若い里恵が同居するようになり、すっかりご機嫌である。
そんな興三郎の身の回りがにわかに慌ただしくなる。大老井伊直弼と水戸藩主徳川斉昭との確執に端を発する騒然とした世情、仲間の同心の失跡と殺人の嫌疑、里恵と前夫との間に横たわる秘密と陰謀のにおい――。そんなある日、興三郎の丹精こめた朝顔は、思いも寄らぬ形で謎の武家であり茶人、宗観の目にとまる。しかし、およそ政治の世界とは縁遠い朝顔作りが桜田門外の変につながることになろうとは彼自身、知るよしもない。
実は「幻の一朝」と呼ばれる黄色い朝顔を咲かせることが興三郎の夢だった。その大輪に己の使命を重ね合わせる宗観にも大きな運命が待ち構えていた。著者は、幕末の史実をもとにミステリーの筋立てを巧みにつづっていく。多くの登場人物が時代の波に翻弄(ほんろう)されながら、それぞれの役割をきっちりと果たしていく様子を描く著者の並々ならぬ才能が光る。
著者:梶 よう子
出版社:文藝春秋 価格:¥ 1,600
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