日本社会の問題点について作家の村上龍と、IT起業家の伊藤穣一が対話を重ねた。村上より14歳年下の伊藤はアメリカ育ち。世代経験も文化・職業的な背景も違う2人が、共通して抱く危機感は、高度成長を終え、国際的に名が知られても、日本がなお特有の「閉じる」性質から抜け出せないでいることだ。
古くは根付けや盆栽、今ではアニメのように、ひとつの世界を細部まで繊細に研ぎ澄ませていくことは、日本人の得意ワザである。技術立国としての戦後の経済復興も、その特性は大いに作用したはず。だが、洗練とは閉鎖性と表裏をなす。ちまちまと「内側」に没頭している間に、世界は容赦なく変貌(へんぼう)を重ね、極東の島国に圧力を突きつけ、内は内で静かに腐っていく。
国際情勢から時事、歴史まで話題は広範。スピード感のある対話から、「世界的な視点で物事を考える習慣を多くの日本人がもたないまま、一方では日本の文化や製品は高い評価を受けている」(伊藤)という、今の日本が抱えるたわみが浮き上がる。
声高に自国批判をぶち上げるのではなく、まずそのたわみを知ることに2人は時間を割いている。いろいろな問題を抱えながらも「日本は歴史上、現在もっとも良い時代を迎えている」(村上)という認識が底にあるので、単純な批判本にない説得力が出た。