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命奪わず勧善懲悪を 京極夏彦さん、『巷説百物語』刊行

2007年05月18日

 化け物を使った奇想天外な仕掛けで、小悪党の又市らが事件を解決する京極夏彦さんの『巷説(こうせつ)百物語』シリーズ。直木賞を受賞した『後(のちの)巷説百物語』から3年半、4作目の『前(さきの)巷説百物語』が刊行された。「勧善懲悪を考え直したい」という京極さんに、新しい時代劇・時代小説のあり方をきいた。

写真「通俗娯楽小説を通して読者にいろんな情報を届けたい」と話す京極夏彦さん=東京都墨田区の江戸東京博物館で

 「ほとんどの時代劇では悪人が殺されて幕ですね。見ている人はそれをだめだとは思わない。水戸黄門でさえ、切腹者が出るケースが多い。悪を退治して溜飲(りゅういん)を下げるスタイルは娯楽としてはあり、でしょう。が、どんな悪いやつでも殺しちゃいかんというのが現代においての正論ですよね」

 『前巷説』は、又市が仕掛け人の束ね役になる前にさかのぼる。若い又市は「どんな時だってな、死んで良(い)いなんて話ァねェんだよ。狡(ずる)かろうが悪かろうが、汚かろうが惨めたらしかろうがよ、辛かろうが悲しかろうが、人は生きててこそじゃねェのかい」とタンカをきり、仲間から青臭いと盛んに言われる。

 これまでの3作では、仕掛け自体の奇抜さや謎解きのカタルシスに主眼があり、又市の「殺さない」という思いは前面に出なかった。今回は、自分の真っ当さに気付いた又市が、開き直って大うそつきになる過程が明らかにされる。

 「時代劇が好きだからこそ、今まで通りでいいやというのは手抜きだという気がするんです。勧善懲悪の4文字に、悪人は殺してしまえというニュアンスはないわけですし。21世紀型の時代劇があっていいなと」

 最近のテレビや映画の時代劇で、京極さんが見過ごせないことがもう一つあるという。非人に代わって罪人を処刑する侍ら、身分制を無視した演出だ。

 作中で非人という言葉を使う。「不愉快に思う人が一人でもいるなら言葉は言い換えた方がいい。でも、娯楽作品といえども、あったものをなかったかのように無視するのはおかしい。非人頭という役職、そうした社会構造があったのは事実。それ以前にそうした人たちは生きていて、文化だってあったわけで」

 「巷説」シリーズは、時代劇であり妖怪小説といわれる。ことを収めるのに、化け物の特性を利用するのが特徴だ。本作でも、寝続けて体がふくれる「寝肥(ねぶとり)」や、人の寝息を吸う「山地乳(やまちち)」などを活躍させた。

 「江戸時代の化け物はポケモンやドラえもんのようなキャラクター。実在を信じて怖がるものとは違います。でも、僕はお化けから日本文化の味わい方を教わりました」

 「文化や歴史は、娯楽として提供されないと残っていかない」というのが持論だ。確かに、教科書より司馬遼太郎の歴史観のほうが世の中に影響しているともいえる。

 「既成の情報にも疑問を持って模索し、娯楽としてやってみようと努力することは大事」。シリーズの次作は、舞台を関西方面に移し、「西巷説物語」にする予定だ。

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