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ドストエフスキー新訳「カラマーゾフの兄弟」が人気

2007年09月01日

 19世紀のロシアの文豪、ドストエフスキーが時ならぬブームとなっている。新訳『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫)は全5巻で30万部を超え、古典としては異例のベストセラー。トークイベントも相次ぎ開催され、本格的なドストエフスキー読本も久々に刊行された。なぜ今、これだけの関心を集めているのか。

写真書店に設けられた新訳『カラマーゾフの兄弟』のコーナー=東京都内の丸善・丸の内本店で
写真「カラマーゾフの兄弟」を語る亀山郁夫氏(左)と島田雅彦氏=東京・六本木で、蛭田真平撮影

亀山訳は「流れと勢い」重視

 東京の丸善・丸の内本店では売れ筋の文庫10作を飾る「ミュージアムゾーン」に、渡辺淳一、横山秀夫、桐野夏生氏らの現代小説と並べて『カラマーゾフの兄弟』を展示している。「古典がこのコーナーに来たのは例がない」そうで、若者からお年寄りまで幅広い読者が手に取ってゆく。

 同書は、父殺し事件を核に信仰の問題や愛憎劇を絡めた巨大な物語で、文学の最高峰の一つとされ、何度も翻訳が出ている。

 新潮文庫では、ドストエフスキー作品としては『罪と罰』『地下室の手記』『貧しき人びと』に続く4番目の売れ行き。78年に出た原卓也訳(全3巻)はこれまでに49万部出た。

 東京外国語大学教授の亀山郁夫氏による新訳は7月中旬に完結。第1巻の9万4000部を筆頭に、増刷を重ねている。訳はわかりやすい現代語に徹し、「流れと勢い」を重視したという。

 全4部とエピローグからなるこの長編を同文庫は全5巻とゆったり組み、各巻に亀山氏が読みどころを解説した「読書ガイド」を付す。第5巻はエピローグに加え、解題や年譜を収める。

 光文社の駒井稔文芸局長は「テレビで紹介されたわけでもないのに第1巻から突出して売れ始めた。なぜこんなに売れたのか、わからない」と首をかしげる。

 7月下旬に東大で開かれたシンポジウムでは、ロシア文学者の沼野充義氏と亀山氏が徹底討論を行った。沼野氏は「亀山さんの訳は驚くほど自然に読める。翻訳者として、先達の名訳者たちに対する“父殺し”を行った」と評した。

 論考集『21世紀 ドストエフスキーがやってくる』(集英社)も6月に出た。大江健三郎、井上ひさし、加賀乙彦氏らベテランから若手の金原ひとみ氏まで多くの作家や文学者の対談や評論を収め、文豪の魅力に多角的に迫る。本格的なドストエフスキー読本は、70年代に「現代思想」で特集が組まれて以来という。

 担当編集者の高橋至さんは、「70年代までの日本における受容は、戦後派を中心とした実存主義的な解釈に基づくものが主だった。その後の研究成果や、現代日本小説との接点も視野に入れ、今読んでもこんなに面白いんですよということを伝えたかった」と語る。

現代に通じる人間の卑小さ

 02年には、東大の大学院生が「ドストエフスキーって誰なんですか」と聞いた“事件”を東大教授が雑誌に寄稿、話題になった。だがその後、大物作家の推薦が相次ぐ。大江氏は本紙連載「伝える言葉」で「いま、若い人たちにすすめるのは『悪霊』です」(04年9月)と記した。村上春樹氏も「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本」3冊に、自ら訳出した『グレート・ギャツビー』『ロング・グッドバイ』と共に『カラマーゾフの兄弟』を挙げた(06年『グレート――』あとがき)。こうした紹介も関心の下地になったと考えられる。

 8月25日に東京・六本木で開かれたトークイベントで、亀山氏はブームの理由をこう分析した。「『カラマーゾフ』では運命に翻弄(ほんろう)される人間の小ささが描かれ、グローバル化の現代の状況に似通う。テロなどの大きな悲劇と、ネットなどで得られる後ろめたい情報とに挟まれ、人間の卑小さが実感される時代になった」

 筑摩書房の編集者で、TBS系「王様のブランチ」の本のコメンテーターを務める松田哲夫氏は「読者はただ泣けるだけの小説にも飽きてきて、19世紀的な大きな物語の地層にぶつかっているのでは」とみる。「オウム事件や9・11事件を経て、宗教や犯罪など、人間のわからない情動を問う闇の世界の物語へと関心が戻ってきた。政治や哲学のレベルでは解けない奥深い問題は、バブルや不況の時代には遠のいていた分だけ、逆に希求されるのでしょう」

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