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性も種も超える愛「犬身」 松浦理英子氏、7年ぶり長編小説

2007年10月31日

 作家の松浦理英子氏が7年ぶりとなる長編小説『犬身』(朝日新聞社)を刊行した。主人公の女性が犬になるという奇抜なストーリー。松浦氏は「あえてバカバカしいと言われる小説を書こうと思った」と語るが、性愛の枠組みを超える愛情のあり方を探求した野心作だ。

写真「犬の優しさ、愛らしさ、一心に飼い主を思う純粋さも描いてみたかった」と語る松浦理英子氏=東京都内で

 主人公の房恵は本来、自分の心が人間ではなく犬であり、性同一性障害ならぬ「種同一性障害」だと考える30歳の女性。ゲーテ『ファウスト』のメフィストフェレスのような怪しげなバーテンダーとの契約で、子犬に変身を遂げる。

 松浦氏は、足の親指がペニスと化した女性を描く『親指Pの修業時代』(93年)で性の通念に揺さぶりをかけた。『犬身』では、性どころか種をも超える世界に踏み込んでいる。

 「『親指P』以上に、性器結合中心の性愛から離れた形での関係性を考えたかった」と松浦氏は話す。

 「人間の男女はそれほど相手を愛していなくても、体の仕組みから簡単にセックスできる。相手に別のことを求めているのかもしれないのに、親密になるにはセックスに進むのが自然だと思いがちです。そこで、セックスを介さずに大切な相手に喜びを抱き合える関係として、犬と人間との絆(きずな)を思い出したんです」

 房恵は子犬のフサとなって、惚(ほ)れ込んだ29歳の陶芸家、梓に飼われ始める。

 「犬好きの人はなぜ犬を愛するのか。犬はなぜ人を慕うのか。言葉も交わせないのに、そこには確実な愛情関係がある。性的欲求とは別の、愛情と、皮膚感覚の官能的な喜びを描けるのではないかと考えました」

 ところが、フサは梓の異常な家庭をのぞき見ることになる。兄は10代から梓に性的虐待を加えており、母は兄をえこひいきして見当違いの采配を下す。フサと梓が慈しみ合うのと対照的に、兄は梓に対して卑劣な行為を重ね、負の関係性もエスカレートしてゆく。

 「若い頃には一対一の濃密な関係に関心が強かったが、幅を広げて家族を題材にするにあたって、いびつな家族をイメージした。梓が可哀想で、パソコンから目を背けながらも、手が止まらなかったんです」

 バーテンダーは、犬になったフサと交感して会話する一方、梓には露悪的なブログなど仮借ない事実を突きつけ、認識の触媒としての役回りを果たす。

 「犬には言葉がないので、フサの内面を小説の中に引き出し、発展させるために、バーテンダーとブログを利用しました」

 終幕、兄に暴行を加えられた梓を救うために、フサは兄に飛びかかるが、逆に撲殺される。だが、兄は器物損壊罪にしか問われない。まさに犬死にであり、しかし主人公の死でもある冷徹な落差が提示される。

 「フサは何の役にも立たず、助けられなかったことを悔やむが、梓にとってはいてくれるだけでうれしい存在です。人間も、愛している人の役に立たなくたって、愛情を受ける資格はあるし、大切な存在になりうると思うんです」

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