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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>ひと・流行・話題> 記事 ひと・流行・話題 竹内好は終わらない2007年11月18日 ■西洋をもう一度東洋によって包み直す
西欧的な優れた文化価値を、より大規模に実現するために、(中略)逆に西洋自身をこちらから変革する、この文化的な巻返し(中略)によって普遍性をつくり出す。(中略)その巻き返す時に、自分の中に独自なものがなければならない。(中略)おそらくそういうものが実体としてあるとは思わない。しかし方法としては、つまり主体形成の過程としては、ありうるのではないかと思った(「方法としてのアジア」から) ◇ 左翼、右翼なんて単純な枠組みがまだ生きていた1970年代から80年代ごろだったか。それに少々毒されていた者にとって、竹内好(よしみ)の存在は何ともわかり難いものだった。 ■「アジア」思想、世界でも注目 魯迅の研究者で、主な作品の翻訳者としてよく知られている。ただ、太平洋戦争の開戦時、戦争に自己を賭ける強い意思を表明したことにこだわり続けた。50年代には、戦争に人々を駆り立てたイデオロギーの根源とされ、タブー視されていた「近代の超克」という考えや、アジア主義に真正面から取り組み、思想的な意味をくみ出しもした。 かと思えば60年安保闘争の先頭にたち、抗議する形で大学教授の職も辞す。毛沢東を非常に高く評価もする。表層的なイデオロギー区分なんて彼の前では意味をもたない。 そんな独自の思想が、ここ数年、日本や、世界で注目を集め始めている。中国や韓国で彼の著作が訳され、ドイツでも、大規模なシンポジウムが開かれた。日本でも、彼に言及する著作が増えている。 インドを中心に、アジアやナショナリズムの問題について近年、活発に発言し続ける75年生まれの中島岳志・北海道大学准教授。「20歳のころ、竹内さんの論文を集めた『日本とアジア』に出会わなければ、研究者の道を歩み出すこともなかっただろう」とまでいう。日本にとって、単に外交や安全保障、そして経済のパートナーとしてのみ脚光を浴びがちな、アジア。そんな時代に、「アジア」とは何か、思想としてのアジア主義を根底から考える姿を見いだし、驚いたからだ。その中から、戦前、日本に亡命したインド独立運動の闘士ビハーリー・ボースとアジア主義者たちの数奇な運命を描き、高い評価を得た『中村屋のボース』(白水社)が生まれる。 日本学術振興会特別研究員の岡山麻子さんは、74年生まれ。『竹内好の文学精神』(論創社)という著書があるように、大きな影響を受けた。「中学時代、魯迅の翻訳を教科書で読み、竹内の独特の文体が妙に印象に残ったんです。その影響か、大学時代に竹内さんが戦後すぐ書かれた論文、『中国の近代と日本の近代』を読んでとても共感するものがあり、日本近代思想史にのめりこみました」 ■自己ない日本、手厳しく批判 かつて「中央公論」誌の「戦後日本を創(つく)った代表論文」の一つに選ばれたこともあるこの文章に何が書かれていたのか。アジアとは何か。それはもともとあったものではなく、西欧に発見、侵入されて、「ここはアジアだ」と逆に自覚されたものだ。だから、戦前の中国で西欧文学・思想や中国の伝統文学・思想との間でもがき苦しみながら、新たな中国の近代文学を切り開いた魯迅のように、西欧的なものに、アジアが「抵抗」する過程の中にしか、アジアが足場として立つ思想や文化は生まれてこないと、竹内は考えた。 そんな目で日本の近代をみると、日本人は、役に立つ西欧の新しい思想を次々に取り入れてきただけだ。その「勤勉」さで見事に繁栄するが、どこにも「抵抗」の影さえない。そんな「自己がない」日本は、ヨーロッパでもアジアでもないばかりか、「何ものでもない」とまでいう。 48年に書かれた手厳しい批判だ。が、加々美光行・愛知大教授(中国現代政治、44年生まれ)が最新著『鏡の中の日本と中国』(日本評論社)で竹内を論じる中で、「無思想」と形容する今の日本にこの竹内の批判を当てはめても不思議なほど違和感がない。 アジアも、今や、竹内の時代ほど貧しくはない。多くの国々が西欧的な価値を取り入れ、経済発展をとげたが、中国、インドを筆頭に国内の経済格差など課題は逆に山積の感がある。単に、西欧先進国に肩を並べるだけが目標の、これまでのやり方でいいのか。そんな時、「西洋を東洋で包み直す」という竹内の問いは今、輝いて再浮上する。 ◇ ■足跡 1910年、長野県に生まれる。34年、東大支那文学科卒。同年、武田泰淳らと共に「中国文学研究会」を設立。37年から2年間、北京に留学。帰国後、応召前に書き上げた『魯迅』が44年に刊行。戦後、魯迅の翻訳を続けながら、評論活動も活発に。53年に東京都立大教授に就任するも、60年安保の反対運動に積極的に参加し、その強行採決などに抗議する形で60年に辞職した。その後「中国の会」をつくるなど、国交回復前は中国問題への発言を続け、『魯迅文集』の訳注にも打ち込んだ。77年に死去。 ■いま読むなら 北京留学時代の日誌などすべての文章は全17巻の『全集』(筑摩書房)で読める。アジアや日本の思想問題の評論を集めたのが『日本とアジア』(ちくま学芸文庫)。「阿Q正伝」など魯迅作品の翻訳は、岩波文庫で。 竹内を論じたものでは、『竹内好という問い』(孫歌、岩波書店)、『竹内好論』(松本健一、岩波現代文庫)、『無根のナショナリズムを超えて』(鶴見俊輔・加々美光行編、日本評論社)など。 ◇ 中国文学者(1910〜77)
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