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ひと・流行・話題

池澤夏樹さん、高村薫さん 「言葉」みつめる時評集

2007年11月25日

 言葉が軽くなっている。老舗(しにせ)の保証が保証にならず、「防衛」にかかわる人たちのわきの甘さにびっくりする、そんな日々が続く中で、作家の時評集、池澤夏樹さんの『虹の彼方に』(講談社)と高村薫さんの『作家的時評集』(朝日文庫)を読むと、とりあげられた時事的テーマとは別に言葉に何が起こってきたかを考えさせられた。

写真池澤夏樹さん
写真高村薫さん

 ともに、2000年から「9・11」をはさんで最近まで、ほぼ同時期に書かれている。池澤さんは自分は政治的な人間ではないというが、「時代はとても政治的だった」。いきおい、文章は、どうしても政治の強風に立ち向かっていくが、見えてくるのは、言葉の重力の変化である。

 自衛隊のインド洋行きが実現したあとの02年2月。「重かったはずの国論が大変に軽くなっている」。池澤さんは、重量のある貨物コンテナを人ひとりでも動かせる、床面の無数のボールベアリングを思い浮かべる。その役を果たすのが、「心地よく、抵抗感なくするりと心に入ってくる広告的な、テレビ的な言葉」だと考えた。

 「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。水から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語の最も日常的な用途である。われわれは互いを売り合っている」

 高村さんのほうは、04年のイラク派兵のときに、国が大きく方向転換した決定的なきっかけが見あたらないことをあげて、日本社会は「原則論を語る言葉を三十年くらいかけて失ってきた」とふりかえっている。06年には、自作の『新リア王』で描いた1987年の政治状況と同じ問題がまだ残っているにもかかわらず、話し合えないのはなぜかと問いかけた。結局、世代を超えた共通の基礎である「言葉」が失われているためと考えて、「言葉の復権」を訴えている。

 社会を動かすのは、お金でも、石油でも、科学技術でもない。ひとつひとつの言葉への信頼である。わたしたちは、それを軽視した結果、互いを安売りしあって、ここまで社会のタガがゆるんできたのではないか。では、言葉が重さをとりもどすにはどうしたらいいのか。あきれはてるだけでなく、ひとつひとつのできごとに、きちんと怒ったり、悲しんだり、語り合ったりする。そんな積み重ねしかない。

 落葉は樹木にもどることはない。しかし、言の葉はそうして再生してきたのではないだろうか。

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