|
ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>ひと・流行・話題> 記事 ひと・流行・話題 大江健三郎新作長編 回復する女性、主人公2007年12月05日 作家生活50年を迎えた大江健三郎氏が、新作長編『臈(らふ)たしアナベル・リイ 総毛(そうけ)立ちつ身まかりつ』(新潮社)を発表した。大江氏は「これまでの書き方から自由になって書こう、と意図した」と語り、比較文学者エドワード・サイード(1935〜2003)の言う、円熟にあえて抗(あらが)う「晩年のスタイル」による最初の作品になるという。 この長編は、語り手の小説家が、映画プロデューサーと30年ぶりに再会を果たす場面から始まる。かつて彼らは国際的な女優・サクラを中心に、ドイツの作家・劇作家クライストの生誕200年記念映画を日本で撮影しようとした。だがその過程で、サクラが幼少時に占領軍の米兵に性的虐待を受けていたことが露見、撮影スタッフのスキャンダルも発覚し、映画は中止となる。その計画を、サクラ主導で今、もう一度やり直そう、という物語だ。 大江氏は、「女性を中心人物に据えたのはこれが初めて」と語る。「『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』『人生の親戚(しんせき)』『静かな生活』でも女性を主人公にしていますが、女性という鏡を通じて男性を書いたものです。女性を描こうと考えたのは、今度が初めてです」 表題は、日夏耿之介(こうのすけ)訳のポオの詩から取っている。大江氏は連作短編集『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』(69年)以来、しばしば外国の詩を核にして小説を書いてきた。 「ポオの詩とは17歳の時に出会い、原書を借りて書き写した。私の美しい女性像はこの『アナベル・リイ』によってできあがった。そこで、自分のイメージするあこがれの女性としてサクラさんを描きました」という。「私は、英語や仏語の詩を翻訳することのおもしろさから文学に引き込まれた。二つの言語が衝突して磁場で引き合う、その中で人生を送ろうと考えたのです」 作中に出てくる映画の計画は、故・伊丹十三氏(義兄)と学生時代に実際に行ったことに基づくという。伊丹氏がドイツで資金を募り、大江氏はクライストの中編とトーマス・マンの長編をシナリオ化したが、その翻訳を読んでドイツ側が断り、計画は無に帰した。 「今回初めて、苦しみの場所から逃れるハッピーエンドの小説を書こうと思った。傷ついた少女が30年の時を経て、再び映画を撮ることで回復する。アナベル・リイのような女性が明るい人生に向かったところで終わる。意思的楽観主義を示してみたかったのです」 第1短編「奇妙な仕事」から50年。初期の長編『芽むしり仔(こ)撃ち』(58年)、『われらの時代』(59年)以来、大江氏は一貫して、ある計画とその頓挫というストーリーを描いてきた。 「大きな計画を立てるのが好きで、その計画を成功させようと思って書き始めるのですが、いつも頓挫しないと小説が終わらないことに行き当たる。考えてみると、『私』や『僕』が主人公では成功するわけがない。そこで今回は女性を主人公にして、ハッピーエンドへと導いた。苦難を乗り越えた明るさは、自分の青春を積極的に受け止め直すということだったと、書き終わってから思いました」
ここから広告です 広告終わり この記事の関連情報ひと・流行・話題 バックナンバー
|
ここから広告です 広告終わり 売れ筋ランキングコラム
|