2008年12月21日
東京タワーのろう人形館で=76年、遺族提供
川本三郎さん
原書が並ぶ書庫
『ぺてん師列伝』後記中の右文章を、もう少し引く。「ぺてんに引っかかる人は概して制服の先にひと続きに人間を見ている。(略)引っかける人は、制服の先には何もなく中身はがらんどうであることを弁(わきま)えている」
見かけにだまされる人の心理を逆手にとった歴史上のぺてん師の奮闘努力としくじりを伝える痛快な読み物が本書だが、昨今のぺてんはどうか。しにせの名にただ寄生した使い回しの供食や産地詐称の単純さ!
存命なら「芸がない。楽しくない」と評したはずの批評家の不在は、寂しい。でも熱烈な支持者の中で、この人は終わらない。ドイツロマン派を中心に世紀末作家、抽象的洗練を特徴とするマニエリスムの紹介者。また、怪物や迷信やいわゆるいかがわしい存在をめぐる表象論を展開、真偽、虚実の表裏一体関係を教えた希代の文筆家なのだ。
知性・性格・人脈・空前絶後の個性
評論家坪内祐三さんはいう。「完成度の高い、美しい種村さんの散文が好きだけれど、中でも僕が傑作と思うのは『書物漫遊記』。『影法師の誘惑』という書名の本もあるが、初期の種村さんには影法師、生身の自分を見せないというスタイルがあった。それが漫遊記で変わる」
「博覧強記の知性も、ゴシップやヨタ話が大好きな性格もひっくるめて、自身を戯画化して描きながらの読書案内です」「あの人は何回、引っ越したろう。根をはやさないで路地裏を歩き回る。すごい人脈。雑学性、種村さんの個性は、空前絶後だ」
「面識はないが」と宝塚歌劇団の作・演出家小池修一郎さん。宝塚歌劇としては異色のバンパイアもの「蒼(あお)いくちづけ」(87年)、「薔薇(ばら)の封印」(03年)や「カサノヴァ・夢のかたみ」(94年)を手がけた際、「種村さんの本が刺激的な参考書になった」。
「ありえない話に知的な分析を加えてまことしやかに伝える。実はご本人こそ最大のホラ吹きだったのかも知れないが、読んでいると、一緒に摩訶(まか)不思議な世界を旅する学生の気分になった。その意味で種村さんは導師」
07年の芥川賞作家諏訪哲史さんはまさに教え子だった。「高校生のころから『怪物の解剖学』とか先生の本が好きで、どうしても師事したくて国学院大学にいった」。学科が違うのに強引に卒業論文を提出、見てもらったという。
「先生の文業は、怪物や吸血鬼など実体に近づけっこない世界を相手にしていた。焼け跡の虚無が原風景としてあったからだと思う。でも僕は僕で、やはり永遠にたどりつけないものが相手の小説を書きたいと思う。例えば“求心的な自己”を主題に」
死期知りながら500ページを翻訳
そういう多彩なファンを持ったひとが逝って5年目。だが、肉体の死は、テキストの生命力まで絶つことはできなかった。今夏、「種村季弘遺稿翻訳集」として、F・グラウザー『老魔法使い』(国書刊行会)が出た。
02年、悪性リンパ腫が見つかって以後、抗がん剤治療を繰り返す中で営々と訳した全538ページの大作、スイスの作家による渋い探偵小説集だ。 「死期を承知していた先生がなぜ最後にグラウザーを? 答えを探してます」と翻訳家池田香代子さんはいう。都立大学の教壇に立ちドイツ語・文学を教えた種村さんの30年来の秘蔵っ子弟子。
「当時早くもカネッティ(81年、ノーベル文学賞)を読本に使うなど炯眼(けいがん)だった。時流には絶対に乗らない。でも先生は常に時代に先駆けたと考える時、グラウザーを選んだ理由がきっとある、と」
「終わらないどころか、始まってない、そんな気もする」とも。「いつの日か、マゾッホなどの評伝のドイツ語訳が出て、現地で評価される。それが日本に打ち返される時がきたとき、種村季弘はほんとうに始まる」
ちなみに遺品のフロッピーにはドイツの作家・精神科医で精神病患者でもあったO・パニッツアの『犯罪精神学』の翻訳原稿も。平凡社から来夏をめどに出版の予定だ。(河合真帆)
◇
アウトサイダーに徹する
「朝日ジャーナル」の記者時代、原稿依頼に行き断られたのが初対面。朝日をクビになってから72年に、まちでばったり再会。以来、ご厚意をいただいた。
種村さんが執筆を断ったのはマイナーな雑誌には喜んで書く、でも状況を語るジャーナルのような媒体は嫌い、そういうことだったと思う。アウトサイダーに徹し我が道をゆく。昔も今も、私にとり種村さんは物書きの理想です。
老人趣味というか、老成というか。斜に構えるけれどまなざしが優しい。勤勉な勉強家なのに、場末の赤ちょうちんめぐりが大好き。著書にもあらわれた文士の趣が魅力で尊敬していた。とくに上田秋成から澁澤龍彦まで。江戸→近現代にわたる日本文学を論じた評論『壺中天奇聞』には大きな影響を受けている。
一緒に旅もしました。九州への温泉旅行で、駅前の食堂で酒を飲んで汽車を待っていた時。もう入線してる、とおばさんにせかされ店を飛び出して間に合った。でも勘定をし忘れた。20年余も前の思い出です。
〈足跡〉
1933年、東京生まれ。57年、東京大学独文科卒。編集者などを経て、初翻訳のホッケ『迷宮としての世界』(矢川澄子と共訳。66年、美術出版社)や映画評論「ジョン・フランケンハイマー論」が評価され文筆活動に。以後、マゾヒズムの語源となったマゾッホなどのドイツ語圏の世紀末文学を紹介。作家・澁澤龍彦の盟友。翻訳ほか評論・エッセーの分野でも和洋の古典に通じた博覧強記をもって文学・演劇・美術・映画、怪物・山師・奇想・温泉・旅・食物を縦横に論じ万華鏡さながらの独自の世界を構築した。04年8月、悪性リンパ腫で死去。71歳。
いま読むなら
著作集『種村季弘のラビリントス』(10巻・79年、青土社)『同ネオ・ラビリントス』(8巻・98〜99年、河出書房新社)。『怪物のユートピア』『吸血鬼幻想』『壺中天奇聞』や奇人、オカルティズム・エロティシズム・温泉・旅にかかわる本を収録、前期の主な仕事に触れるには便利だ。『書物漫遊記』など漫遊記の一連はちくま文庫に。名訳のマゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』は河出文庫。ホームページ「種村季弘のウェブ・ラビリントス」(www.asahi-net.or.jp/〜jr4y-situ/tanemura/t_index.html)に著作目録。
著者:種村 季弘
出版社:岩波書店 価格:¥ 1,050
著者:種村 季弘
出版社:筑摩書房 価格:¥ 777
著者:種村 季弘
出版社:河出書房新社 価格:¥ 734
著者:種村 季弘
出版社:河出書房新社 価格:¥ 612
著者:フリードリヒ グラウザー
出版社:国書刊行会 価格:¥ 3,990
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