2009年1月4日
釈迢空の名で歌人としても活躍した、民俗学者折口信夫(1887〜1953)の未発表短歌が見つかった。和紙に書かれたものだが、いつ、だれのために作られたのかははっきりしない。
むつきたつ春ここのかとなりにけりをとめうまれてこのやどはなやく
手すきの和紙に書かれており、台紙裏には、折口信夫全集編集委員の国文学者・加藤守雄(1913〜89)さんの印と「釋迢空筆・大井出石の宅に唐紙に粘(貼の誤字?)ってあった」と由緒書きがある。
加藤さんが生前、友人の故井口樹生慶応大教授に寄託。額装・箱入りのまま井口家に置かれていたもので昨秋、井口さんの妻和子さんが開封、発見した。和子さんから色紙を預かった藤原茂樹慶応大教授によると、迢空の署名はないが遺墨集と照合の結果、真筆と鑑定された。
「全集未収録の歌であることに加え、唐紙に歌がはってあったという、折口邸の内部がかいま見えるのも面白い」と同教授。「だれのために、いつ、どこで作られたのか。由緒書きの筆者も不明、など謎の歌でもある。情報を得たい」
加藤さんは43〜44年にかけ東京・大井町の折口家で暮らしている。しかし、師と同居の内弟子関係の濃密さに耐えかねて出奔、連絡を絶つ。その後、47年に折口家に入り師をみとったのが歌人の岡野弘彦さんだ。
「書体、字の続き具合、変体仮名の使い方といい間違いなく先生の字」と岡野さん。唐紙に歌がはられた情景も覚えていた。
「加藤さんが使った六畳間に僕も入ったのだが、この部屋のふすまに先生筆の歌があった。白楽天の〈背燭共憐深夜月 踏花同惜少年春 燭を背けては共に憐れむ深夜の月花を踏んでは同じく惜しむ少年の春〉と、〈わが暮し楽しくなりぬ隣り部屋に守雄帰りて衣(きぬ)ぬぐ音す〉」
「しかしこの歌の記憶はない」という。「由緒書きの通り居宅のふすまにはってあったとすると、ぼくがいく前か。女児誕生を祝ってどなたかに差し上げるべく詠まれたのでしょう。明るくていい歌だ」
「字ものびのびと、書き損じとは思えないのになぜ署名がないのか。不思議だ。いずれにしても先生は差し上げる歌には必ず名前を入れた。名前が入った同じ歌がきっとどこかにある」と話している。(河合真帆)