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奥泉光さんの長編『神器』 太平洋戦争と現代結ぶ

2009年2月28日

 軍艦内で起きた殺人事件の謎を追うミステリー、あるいは海軍の兵士の姿を描いた軍記小説、『白鯨』の構造を借りたポストモダン小説……。奥泉光さんの長編小説『神器(しんき) 軍艦「橿原(かしはら)」殺人事件』(上下、新潮社)は、ジャンル小説の枠組みを生かしながら、太平洋戦争末期の軍人たちの姿を通して現代日本の本質を浮かび上がらせている。(加藤修)

 主人公の名前は『白鯨』の主人公イシュメールを連想させる石目。軽巡洋艦「橿原」に乗り込み、白い鯨モービー・ディックではなく、「日本人の故郷」を目指す。

 「戯曲形式が入るなど、はっきり分かる形で使っているのは『白鯨』ですが、カフカの技法なども生かしています。小説は雑多であることが魅力で、ミステリーやSF、ファンタジーなどさまざまなジャンルが育ててきたアイデアや技法も取り入れました」

 奥泉作品の中では真珠湾攻撃に向かった空母で発生した不審死の謎を追う『グランド・ミステリー』に設定は近い。

 「『グランド・ミステリー』は戦闘などで大量に人が死ぬ中で個人の死はどういう意味を持つのかというテーマが大きい作品でした。むしろ全共闘以後の内ゲバの暴力と太平洋戦争の中で生じた暴力に通底するものを探った『石の来歴』や『浪漫的な行軍の記録』に近い主題です」

 アジア太平洋戦争への関心は作家になる前からずっと抱えていた。「自分が今生きているこの時代をとらえたいと思ったとき、日本の近代の転換点となったアジア太平洋戦争を避けては通れない。自分たちの歴史をどう描くのかという問題に直面したとき、私は歴史叙述ではなく、小説という形で繰り返しことばによって対象を測りながら経験化していこうと思ったのです」

 小説の中で、「神器」が積み込まれた「橿原」こそ本物の日本であり、アメリカに敗れる日本は偽の日本であるという軍人たちの議論が鮮やかに立ち上がってくる。「敗戦直前の一種の宗教的な世界と現代を並べてとらえたいと思っています。あの頃はどうかしていたと言いますが、では何か変わったかといえば何も変わっていない。そんな今の私たちをトータルに表象する装置として小説があります」

 現実と虚構がたえず交錯する物語の中で、人が鼠(ねずみ)にも変わる。そんな中で精彩を放っているのは現代から迷い込み、若者ことばを話す毛抜け鼠だった。「多様な声を聞き取り、語りを組織していくことが小説の本質だと思っています。『なんか、ちょっと、ヤバくね?』というような口調で話す毛抜け鼠のような存在にも戦争について語らせられるのが小説の強みではないでしょうか」

 軽薄な毛抜け鼠と毅然(きぜん)とした軍人たちの対比を通して、現代日本の繁栄の本質をも相対化する視点がある。太平洋戦争と現代を切り結ぶ奥泉作品の集大成ともなった。「技術的にはいろんなことをやった作品です。音楽にたとえれば、不協和音も多いが調声をなくしてはいない後期ロマン派のイメージでしょうか。一区切りですが、これからも太平洋戦争のテーマは抱えていきます」

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