2009年12月17日
鈴木好之撮影
歴史人口学を日本に築いた功績で今年度の文化勲章を受けた速水融・慶応大名誉教授が、長年の研究をまとめ『歴史人口学研究』(藤原書店)として出版した。歴史人口学とは、どのような研究手法なのか。その分析を通して見えてきた日本の社会、地域、家族の特徴とは……。速水さんに聞いた。
歴史人口学はフランスで始まった。その生まれたばかりの成果に速水さんは留学先で触れた。1963年、ベルギーでのことだ。
教会に残る洗礼や結婚、埋葬などの記録を手がかりにして信徒の生涯や家族の姿を復元していた。「革命的な手法に見えた」という。
庶民の歴史の研究は日本にもあったが、一揆や抵抗の歴史が中心だった。歴史人口学は、庶民の日常の暮らしや地域の特色、人口の推移などを描き出そうとしていた。
帰国すると史料を求め全国をめぐった。探したのは江戸時代の宗門改帳と人別改帳。キリシタンでないことを確認するために作ったのが宗門改帳で、大名が領内の人口を調べたのが人別改帳だ。
見つけた史料は当時の町や村単位で約800。100年前後連続した記録も20ほど確認した。それを一人ひとりカードにして生涯を復元した。
「すべてが手作業だった。調査からは、日本列島では地域によって家族の姿が違うことが見えてきました」
東北日本は、多世代同居の直系家族。若年で結婚してから、都市に出稼ぎをした。東海や関西を含む中央日本では、核家族が多い。都市化が進み、働く場が多かったことが背景にあった。東シナ海沿岸部の西南日本は、世帯の規模が大きいのが特徴。結婚しても親元に住み続ける場合が多かったという。
「直系家族は小家族経営に最適なシステムで、親子関係が優先されます。核家族では移動が自由な労働力が生まれ、夫婦関係が優先する。合同家族は共同経営に向き、兄弟関係が優先します」
日本では直系家族が基本だったという見方が強かった時代に、研究を通して、新たな日本像を提示した。
江戸時代の後半は停滞した社会だったとのイメージが強かったが、人口変動には地域によって大きな違いがあったこともわかった。西南日本では人口が増えていた。
「人口圧を解消するために、長州や薩摩は藩主導による経済改革を進めた。富国強兵策だ。徳川幕府への反乱が西南日本の大藩の武士に広がった背景には、こうした人口変動があったのでは」
最初に就職した日本常民文化研究所(東京)では、民俗学の宮本常一さんに「庶民のことをやらないと歴史はわからない」と教えられたという。それから半世紀余り。政治史とも社会史ともまったく違う視点から、速水さんは日本の近世社会を描き出した。
今も日曜を除き毎日、研究室に通う。朝9時に家を出て、午後7時に終える。「しなくてはいけないことはたくさんある。北東北はまだ空白だし、越後・越中も史料がない。四国も空白。九州も分かったのは一部だけです」
さらに気になるのは、西南日本を含む文化圏の広がりだという。「東シナ海をまたいで共通の文化圏があったのではないか。東アジア海文化圏、それは東のアトランティスなのではないか」
歴史家の本能的なロマンが、かいま見えた。(渡辺延志)
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はやみ・あきら 1929年生まれ。日本学士院会員、国際日本文化研究センター名誉教授、麗沢大名誉教授。著作に『近世農村の歴史人口学的研究』『歴史人口学で見た日本』『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』など。
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