2011年7月15日
政府や国家といった公の場面だけでなく、家庭や学校での身近な人間関係から自由と支配の関係を読み解いた、なだいなだ『権威と権力』(岩波新書、1974年)は、現在も版を重ねるロングセラーだ。原発事故以降は特に、「専門家の権威」は揺らいでいる。権威や権力によりかからなくても、人間はやっていけるのか。そのヒントがこの本にある。 権威は、権威を受け取る側の心の中にあります。原発事故の後、政府が発表する数字をまったく信用しない人たちがいまや大勢います。そんなものは信用しないで、自分たちで考えようという人たちです。信用というのも、一種の権威ですよね。権威というのは過去の信用が積みかさねられてつくられたものでもあります。そこで政府の権威や信用がますます低下していくことを危惧する人もいるようですが、しかし、私はそうは考えない。
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私が重視しているのは常識、コモンセンスです。トマス・ペインが書いた『コモンセンス』は、独立革命でアメリカをつくった理念ですね。大衆というものは、バカの集まりだと見る人もいるかもしれないが、しかし大衆の中にあるコモンセンスこそ、民主主義を信用する足がかりだと私は思います。
人間は、自主的に自分たちのコモンセンスを使って、自分たちの生き方を管理することができるんです。刑法がなければ社会はめちゃくちゃになるかというと、そうではないでしょう。私は刑法に触れたことはないけれども、刑法なんか読んだこともないから何が書いてあるか知りませんよ。大部分の人は、法律を知らなくたって、罪を犯したりはしないものです。人間を信用しなさい、ということですよ。
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実を言うと、『権威と権力』はアナーキストの理想を描いたものだったんです。権威による支配も権力による強制もなく放っておいたら、人間はとんでもないことをする、という信念の持ち主も、もちろんたくさんいる。しかしそういう人とでも、実績を示すことによって分かり合えます。
たとえば私がやってきたアルコール依存の治療は、鍵をかけないで病室を開放する、あるいは入院すらさせないで外来で診療する。ちゃんとやれるんです。アルコール依存は、誰かが治してやれるものではなく、本人自身の問題です。自分が努力しなければいけないということを理解するためには、まず自由であることが大切なのです。
医者が強制して考えろと言っても、患者さんは考えません。しかし人間は一人ではない。自分が考えたことをしゃべる時、それを聞いてくれる誰かがいる。人間と人間が孤立していない関係がある限り、人間はそこそこ自由にしてもやっていけると考えています。
この本を書いてから、もう40年近くが経ちます。この本で私は「永遠のかなたにあって、ぼくたちに、進路をおしえる、みちびきの星」としての理想を語りました。目標というのは、必ずしもそこに到達しなくてもいい。私の祖母は、親の決めた結婚をし、文字を読むこともできず10人の子どもを産み、一生同じ農村から出ることなく死にました。祖父母の時代から、どれだけ人間は自由になれたかと思います。私は少なくとも日本は、明治の初めごろから比べるとだいぶよくなっているよ、と若い人には言っているんです。
本当の楽観主義者というのは、楽観する余地がないときでも、ほんのわずかでも希望があればそれに賭ける人間です。この本の結びにも書いたとおり、私は楽観主義者なんですよ。(聞き手・樋口大二)
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なだ・いなだ 1929年、東京都生まれ。精神科医、作家。著書に『お医者さん』『れとると』など。2003年、インターネット上の仮想政党「老人党」を創設し、活動中。
著者:なだ いなだ
出版社:岩波書店 価格:¥ 819