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アラブの民衆蜂起 酒井啓子さんが選ぶ本

[文]酒井啓子(東京外語大学教授・中東現代政治)

[掲載]2011年5月1日

写真:カイロのシリア大使館前で4月26日、母国で続く政府の暴力に抗議して、怒りの声を上げるシリア人たち=AP拡大カイロのシリア大使館前で4月26日、母国で続く政府の暴力に抗議して、怒りの声を上げるシリア人たち=AP

表紙画像 出版社:日本評論社 価格:¥ 3,045

■次々と連鎖、底流に何が?

 昨年末、一露天商の焼身自殺をきっかけとして、チュニジア全土に反政府デモが広がった。23年間大統領職にあったベンアリが亡命したのが1月14日。その11日後にはエジプトで大規模デモが組織され、2月11日には30年のムバラク治世に終止符が打たれた。チュニジア、エジプトでの民衆蜂起を見て、イエメン、バーレーン、リビアと、次々にアラブ諸国に反乱の火の手があがっている。

 なぜ突然、アラブ諸国で民衆デモが盛り上がり、次々に連鎖しているのか。なぜエジプトで政権打倒が成功したのに、リビアでは内戦状態と化し、多国籍軍が介入する事態になったのか。

 こうした展開を予想していた中東研究者は、ほとんどいない。それだけ「想定外」の事件だったわけだ。これまで国内外の中東現代政治を専門とする研究者の多くは、もっぱら「なぜ中東で権威主義体制が続くのか」に焦点を当ててきた。

 そのなかで唯一、中東の民主化の展開に着目して各国の比較研究を続けてきたのが、大東文化大学の松本弘氏である。やや古くなるが、05年日本国際問題研究所編の『湾岸アラブと民主主義』は、実質的に氏がまとめた論文集で、湾岸産油国の政治体制とその変遷を知るには、最適の教科書である。

■各国を比較研究

 その後松本氏の研究は、他の若手研究者とともに、人間文化研究機構プロジェクト「イスラーム地域研究」のウェブサイト、「中東の民主化と政治改革の展望」にデータベースとして掲載されてきた。そこでは、東南アジアや中央アジアを含めたイスラム諸国25カ国を対象として、議会制度の改変、選挙結果や憲法改正などの過程が丹念に記述されている。ここで描かれる各国の民主化の蹉跌(さてつ)こそが、現在の反政府デモの高揚を説明しているのだ。このウェブでのデータベースをもとにした分析が、今の動乱を受けて急遽(きゅうきょ)出版されることになった。松本弘編『中東・イスラーム諸国の民主化ハンドブック(仮)』(明石書店)が待ち遠しい。

 一方で、チュニジア、エジプトで何が起こったのか、総勢38人の内外の研究者たちがビビッドに現状を論じているのが『現代思想4月臨時増刊号』(11年)である。「ジャスミン革命」直後に企画され、エジプト「革命」成立から2週間後にはすべての原稿が集まるという、書き手の熱意と興奮があってこそ編纂(へんさん)が可能だった本書では、歴史学、文学、政治学など、あらゆる分野の中東専門家が、進行中の「革命」を熱く論じる。

■柔軟な若者文化

 なかでも「革命」の歓喜が伝わってくるのが、エジプトでのデモに見られる若者文化、民衆パワーに触れた論文だ。デモのなかで多くのポップソングが生まれ、素人映画監督が撮ったデモ映像がユーチューブで流される。フェイスブックなどのネット技術が革命を成功させた、と強調されがちだが、その底流にはアラブ文化の持つ生き生きとした感情表現、欧米ポップスをふんだんに取り入れる柔軟性と多様性があることを忘れてはならない。関口義人編『アラブ・ミュージック その深遠なる魅力に迫る』(08年)は、そうした豊かなアラブの音楽文化を、伝統音楽からエジプト・ポップまで紹介する。イスラム、自爆テロといったステレオタイプなイメージを一掃し、今のアラブの若者たちの溢(あふ)れるエネルギーを伝えてくれる、好著だ。

    ◇

 さかい・けいこ 東京外国語大学教授(中東現代政治) 59年生まれ。著書に『〈中東〉の考え方』など。

表紙画像

現代思想2011年4月臨時増刊号 総特集=アラブ革命 チュニジア・エジプトから世界へ

著者:スラヴォイ・ジジェク・ノーム・チョムスキー・トニ・ネグリ

出版社:青土社   価格:¥ 1,400

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