何故(なぜ)ここでこうしているのだろう、とふと疑問にかられることは、さほどめずらしいことではない。一瞬たりとも気をゆるめずに生きてゆける人のほうが実はめずらしい。眠っている間も理路整然とした夢しか見たことがない、といい切る人は、多少のごまかしを見透かされまいと無理をしているのでは? と思う。
心の空白、自分の意図が通じない人間関係、受け答えがチグハグな会話、理由のまったく見つからない(見つけられない)不安、それらに取り巻かれたり、遭遇したりしても、不都合のない世界。
それをいくつも、状況を変えて描き出した短編集である。ベテラン作家の、ごく初期(60年)から98年の作品まで幅広く収めている。
ユーモアや叙情の背後にのっそり存在する不穏。それに抗(あらが)うでもなじむでもなく、無関係を装うでもない。作中人物たちは身辺で起こる“事件”をまるで風景画のようにながめる。
実はそれが本書の魅力であり空恐ろしいところである。まるで忘れていた悪夢の数々をまとめて思い出させるような、心の奥の無意識に呼びかける画力。話の余韻に長く浸っていたいわけではないのに(できれば早く逃れたいものもあるのに)、カラダが勝手に物語を反芻(はんすう)し、続きをあれこれ想像せずにはいられなくなっている。
夕立直前の空気の臭(にお)いのような一冊である。