その昔(昭和三六年)、西田佐知子は「コーヒー・ルンバ」で、コーヒーの香り、色合い、その魅力を軽快に歌った。生活の様々な場面、人生の色々な心の持ちように、コーヒーは名脇役として登場する。
苦味(にがみ)と甘味(あまみ)と酸味が同居する。同じように抽出したつもりでも、その都度、三つの味のバランスは変化する。一杯のコーヒーを前に、人は考え、語り合い、沈黙し、微笑(ほほえ)み合う。コーヒーを味わうことで、冷静さを取り戻す人もいる。
本書は、コーヒーのある風景、コーヒーにまつわる人と人のドラマを集めた短編集である。作者のコーヒーへの愛着、愛情がしっとり伝わってくるのはもちろん、おいしいコーヒーの淹(い)れ方が組み込まれたお話もあって、実践的でもある。
それよりもなによりも、心の歪(ひず)みや弱さにそっと染み込んでくるコーヒーのように、ほろ苦い思いや甘酸っぱい後悔を柔らかく描き出す山川の画力、構成力に唸(うな)らされる。コーヒー名人による極上の一杯のような充足感がある。
小さなドラマのひとつひとつに、普遍的な切なさがあり、ささやかだが失いたくない喜びが紡がれている。
細く丁寧に引かれた陰影の線の一本一本が、挽(ひ)きたてのコーヒーのように香り高い。なお前書きにもあるが、本書のタイトルはもちろんボブ・ディランの同名の曲に由来している。