ビブリオバトル 本を知り人を知る書評ゲーム [著] 谷口 忠大

[評者]最相葉月(ノンフィクションライター)

[掲載] 2014年03月28日

表紙画像 著者:谷口 忠大  出版社:文藝春秋

■おもしろい本、みんなで探そう

 ビブリオバトルという言葉を初めて聞いたのは2年ほど前だったか。ある大学で講演をしたときにアテンドをしてくれた学生がビブリオバトルの地域代表になったという話をしていた。本を紹介して競うイベントで、学生の間で流行っているという程度の認識しかなかったが、その後、東京都の主催で開催されたビブリオバトル首都決戦の様子をニュースで見て、なるほど、これは人気が出るはずだと大いに得心した。
 全国から集まった発表者が壇上で本を紹介する。傍らではカウントダウン・タイマーが時を刻んでいる。発表が終わると質疑応答があって、最後はどの本を読みたくなったかを参加者全員が投票。得票数の一番多かった本がチャンプ本に選ばれる。書評というよりもゲーム。まさしく「本の甲子園」だった。

 私は雑誌や新聞に書評を書き続けて10数年になるが、顔の見えない不特定多数の人に向かって本を紹介するのは今もってむずかしい。たいてい新刊本が対象なので、媒体の規模が大きければ大きいほど、まず簡潔にあらすじを伝えることが必要になる。自分はこんな話を知ってるんだけど、といったうんちくから格好よく書き始めたいと思っても、規定の文字数に収まらないので削除せざるをえない。短い文章に本の魅力をうまく入れ込むのも芸のうちだろうが、毎度毎度、もっとこんなところも紹介したかったのに、とか、著者の意見に対して自分はいいたいことがあるんだけど、と欲求不満が残る。宙ぶらりんなのは、書評を読んだ人がどれだけその本に興味をもってくれたのかがよくわからないことだ。目で見てはっきりわかるのは、アマゾンの売り上げ順位が上がることぐらい。要するに、一方通行なのである。
 かたや、ビブリオバトルは自由で双方向性がある。ルールはたった4つ。
 まず第1に、参加者は自分がおもしろいと思った本を持って集まること。
 第2に、一人の発表者につき持ち時間は5分であること。
 第3に、発表終了後の2~3分間でその発表についてディスカッションを行うこと。
 第4に、終了後に読みたくなった本を一人一票ずつ投票してチャンプ本を選ぶこと(発表者は自分以外に投票)。
 以上のルールさえ守ればあとは、誰がどこでどんな規模で行ってもいい。本の選びもまったく自由だ。ただ、自分が本当におもしろいと思っていなければまず勝てない。誰もが知るベストセラー本よりは、へえ、そんな本があったのか、と意外性を感じられる本のほうが引き込まれるという。絶版本でも写真集でも漫画でも時刻表でもいい。円周率百万桁表もあり、だとか。

 ビブリオバトルが誕生したのは2007年、場所は著者の谷口忠大が所属する京都大学の情報学研究室だった。教授の名前をとって通称・片井研である。
 著者はそもそも工学系の出身で、ソニーが開発したペットロボットAIBOが爆発的にヒットしていた2000年頃、修士・博士課程を通じて「人間とコミュニケーションするロボットについての研究」に携わっていた。しかし、ボタンを押してテレビがつくようなやりとりをコミュニケーションといっていいのかという根本的な疑問を抱き、人間同士のコミュニケーションに潜んでいるものは何かと考えるようになる。
〈僕たちが考えているコミュニケーションにとって重要なのは、コミュニケーションする主体の自律性であり、適応性である。主体自身が環境や他者と相互作用しながら、様々なことを学習していく。その学習に支えられた解釈系で多様に解釈されてこそ、言葉はその主体にとっての意味を持つのだ〉
 つまり「言葉の解釈は人それぞれ」であり、その解釈は「その人の人生や経験、前提としている文化や思い込みに強く依存する」。これを読書にあてはめれば、本に書かれてある言葉の意味を決めるのは読み手であり、正しい読みがあるのではなく、それぞれの読みがあるだけ。百人の読者がいれば百通りの感想があるわけだ。
 まもなく工学系の研究室から片井研に移った著者は、人間の組織とコミュニケーションをテーマに勉強会を行うにあたって、その進め方に頭を悩ませていた。ゼミや有志の勉強会でもっとも一般的に行われているのは輪読会である。指導教員やリーダー的人物が読むべき本を選び、たとえば章ごとに発表者を決めてみんなで読むのが普通の方法だろう。ただ、みんなで読むというのはあくまでも建前で、実際に読んでいるのは発表者一人だけということが多い。プレゼン力の差も大きく、レジュメを棒読みされた時には眠気に襲われることもしばしば。著者が何より問題を感じていたのは、「みんなにちょうどいい良書を選べない!」ということだった。
 そこで著者は発想を転換した。一人で本を選べないならみんなで見つけよう。全員が本を読むために、全員が発表者になろう。だらだら話し続けないよう制限時間を設け、レジュメやスライドの使用も原則禁止。最後はみんなの投票でチャンプ本を選ぼう――。
 この方法が魅力的なのは、自分だけがおもしろいと感じるだけでなく、みんなもおもしろがってくれる本を必死に探すようになることだ。すると自ずと参加者が興味をもつ共通テーマに関連する本を選ぶようになる。なぜその本を薦めたいのかを徹底的に考え、そこにある情報が本当に信頼できるものなのかを自分の責任で得ていかねばならないという緊張感もある。聞く側も採点しなければならないから寝てはいられない。
 人を通して本を知るだけでなく、本を通じて発表者の人となりが見え、プレゼンテーションのスキルも上達していく。作家や評論家による一方通行の書評やアマゾンのおすすめではめぐり会えない本と出会うことができるし、プレイヤーたちが本を武器に競い合うゲーム方式であることが何よりも楽しい。「書評のフットサル」とは言い得て妙である。
 ビブリオバトルは著者が研究室を去ったあとも後輩たちによって引き継がれ、京大から大阪大学へ、書店や図書館の協力を得て全国へと普及していった。今や、企業がスピーチ力の向上に役立つといって導入したり、病院のレクリエーションや町おこしのイベントに活用されたり、中高の授業に採用されたりしているという。今日もどこかで誰かが開催している。「地味に深く広く」という草の根の広がりがビブリオバトルの最大の魅力なのだろう。
 読まれて初めて意味をもつという「本」本来の機能が最大限に生かされているだけではない。こんなおもしろい本があることをみんなに知ってもらいたいという個々の思いが化学反応を起こし、コミュニティ全体が活性化する。本の未来に希望の火を灯すのは一人ひとりの読者であるという出発点に立ち返った気がした。

 電子書籍化された本を800字程度で書評する。そんな依頼を受けて始まったこの連載も最終回を迎えた。〈歴史に残る名作ノンフィクション〉という自分なりの枠を設け、いつか読もうと思いながら未読のままだった本や、再読して新たな視点を得た本などを中心に取り上げた。
 途中から800字どころではなくなったが、それもこれも本のおもしろさを伝えたいため。インターネットの特性を十分活かせたとはいえないが、電子化された本の山には読み継がれるべき良書がまだまだ埋もれていることだけはわかっていただけたかと思う。電子であれ紙であれ、本は本。気が遠くなるほど本はある。宝探しの旅はまだ始まったばかりだ。

☆ビブリオバトルの日程などは公式サイト

*最相葉月さんの「本の達人」は今回で終わります。連載の一部は『最相葉月 仕事の手帳』(日本経済新聞出版社、4月1日刊)に収録されます。

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