


江戸時代初期に始まり、庶民文化が花開いた元禄期にほぼ今のスタイルが確立されたといわれる歌舞伎。
「今も昔も大衆の娯楽であるという流れは同じですが、歴史を積み重ね伝統芸能としてのイメージが強くなった今と異なって、当時の歌舞伎は時代を映す鏡、現代劇でした。女形が身につける着物や髪形、使っている化粧品などが女性の間で流行したり、庶民が真似をすると困るからということでお上から心中ものの上演禁止令が出されたり、それだけ人々に対する影響力が強かったのだろうと思います」
と、教えてくれた市川染五郎さん。江戸時代以降、先祖代々歌舞伎役者を務める名門「高麗屋」に生まれた。8歳で襲名した市川染五郎という名跡は彼で七代目。ドラマや映画など現代劇でも活躍するが、やはり「一番好きなのは歌舞伎」と、打ち明ける。今もなお歌舞伎の芸の中に息づく「江戸」の技に感心することは多いという。
「大がかりな仕掛けや斬新な色彩感覚など、歌舞伎を歌舞伎たらしめる特徴の多くが元禄期までに確立されたもの。鎖国だったあの時代に、どうしてこんなひらめきを得られたのか、不思議」
現代劇だったはずの歌舞伎だが、明治維新を経て人々が丁髷を切り、洋装の生活をし始めたときには、あえて「江戸」にその世界をとどめた。
「丁髷を切る歌舞伎、いわゆるざんぎりものもありますが、主流は江戸期の芝居。歌舞伎の舞台だけ時代が止まってしまったんですよね。でも、結局はそれによって確固たる存在感が生まれ、今なお商業演劇として残ることができた。もし、歌舞伎が時代に流されていたら、今とはまったく違ったものになっていたはず。『江戸』にその世界を残すことが、歌舞伎の生き残る道だった」
江戸と上方では好まれる演目が異なった。武士気質の強い江戸っ子は荒々しく豪快な「荒事」に拍手喝采。
「勧善懲悪、ヒーローものが江戸っ子にはウケた。曽我兄弟や助六がその代表格です。歌舞伎を見に行くときは〈夢〉を見に行くわけですから、その舞台上には自分たちが理想とする存在に立ってほしかったんでしょうね」
一方、上方で人気があったのは、やわらかで優美な演技が要求される「和事」。恋愛や人情ものが中心である。
「二枚目だけど情にほだされやすい梅川忠兵衛など、和事の方が人間的な欠点を持っている人物が主役になっていることが多いんですよね。どちらかというと、僕はそういう人間くさい役を演じる方が好きかな。完全な二枚目、絶対的なヒーローを演じるのって恥ず かしいんですよ」
と、照れくさそうに笑う。そんな染五郎さんは、江戸小説の中でも特に山本周五郎の作品が好きだとか。
「『泥棒と若殿』は歌舞伎の原作にもなっていますが、周五郎の作品は人と人とのふれあい、その大切さを日常生活の何げない場面の中で描くことが多いような気がします。ふれあいの中で爆発的な力が生まれたり、逆に穏やかで優しい世界を作ったり。そういう人情ものにひかれます」
今年でデビュー30周年。近年は新作歌舞伎にも積極的に取り組んでいる
「現代を生きる歌舞伎役者としてどんな歌舞伎ができるのか? みんなそれを考えながら模索しているんだと思います。歌舞伎ってある意味、日本を象徴していますよね。何でも取り入れながら、自分の世界で消化して、新しい別のものに創り変える。何でもありだからこそ、歌舞伎は一生をかけるだけの甲斐のある仕事だと思っています」
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