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ここから本文エリア 話題の本棚 議論の方法 「理を通す」か、「顔を立てる」か[掲載]2007年01月21日 発足早々、「やらせ」タウンミーティングの後始末に追われた安倍政権。首相肝いりの教育再生会議が注目を集めている。が、見直しが打ち出された「ゆとり教育」にしても、中教審など審議会での議論の末の政策だったはず。「議論」することの意味が問われている。 公的審議会の委員経験も多い森田朗・東京大学公共政策大学院長の『会議の政治学』は、審議会には事務局の演出や仕込みは付き物だという。役所にお墨付きを与える「隠れ蓑(みの)」だと認めた上で、功罪を考える。多数決を伝家の宝刀に、事務局と多数意見、少数意見のゲームは笑劇の趣もある。特に物を言うのは時間の制約と、委員の「顔を立てる」配慮。「人間は、感情の動物であり、主張の論理的整合性や正当性よりも、相手の人間性、信頼性で物事を決めることも多い」 「場の『空気』『常識』による支配」の危うさを説くのは飯田泰之著『ダメな議論』。「気分にかなうという理由で納得し→何となく常識化し→動かしがたい空気となり→思考や言論が支配される」プロセス。「定義の誤解・失敗はないか」といった「ダメ」に気づくチェックポイントを挙げ、「平成大不況」の説明などまゆつばの横行ぶりを切る。 「分析的思考」を勧める飯田氏の提言の延長上にあるのが、コミュニケーションや教育の専門家による鈴木健ほか編著『クリティカル・シンキングと教育』。知識重視・暗記中心から「どう学ぶか、自分で考える力」重視への転換の可能性を探る――って「ゆとり教育」と通じるものがあるのでは? 『ネット時代の反論術』の仲正昌樹・金沢大学教授は、手軽な批判を戒め、「論争」をそんなに信頼していない、としつつ、だからこそ、賛否と論拠を意識したディベートの大切さを説く。
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