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ここから本文エリア 話題の本棚 裁判員制度 市民に開かれた法廷実現なるか[掲載]2007年02月04日 無作為抽出で選ばれた6人の市民が、地方裁判所での殺人など重大な刑事裁判で、3人の裁判官と共に被告を裁く裁判員制度が、2年後に開始される。先日の内閣府の世論調査には、参加への不安も表れていたが、裁判員に選ばれたら、と想定して、参考になりそうな近刊書を読んでみた。 バーネット著『ある陪審員の四日間』は、裁判員制度とは異なるが、やはり無作為に選ばれた市民が事実認定と被告の有罪無罪の決定にあたるアメリカの陪審制を舞台にした人間ドラマだ。人の一生を決めることへの恐れや忌避感情から、次第に真剣に検討していく陪審員たちの姿は、かつての映画「十二人の怒れる男」に感じたよりも身近に思えた。クリスティ著『人が人を裁くとき』も、犯罪についての視点を問い直し、広い目を持つことが必要だと説く。 高山俊吉著『裁判員制度はいらない』(講談社)など批判本もある。政治で市民参加が隠れみのにされる例も少なくないだけに、危惧(きぐ)はもっとも。作家伊佐千尋氏も『裁判員制度は刑事裁判を変えるか』(現代人文社)で、戦前日本でも実施されていた陪審制をこそ導入すべきだと主張する。ただ同書中での対談で四宮啓弁護士の「市民を参加させるとなると、その点に立って、裁判の手続きの設計と運用を考えなければならなくなるんですよ」という旨の発言を読むと、また別の視点も見えてきた。 伊藤和子著『誤判を生まない裁判員制度への課題』は、その制度改定に向け説得力ある提言をしている。そして周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」と同名本は、裁判官だけに任せるべきではない、と強烈なメッセージを発信する。「『裁判員』には納得するまで『なんで? なんで?』と裁判官に訊(き)いてほしい(中略)わかる『言葉』で語ってください、と裁判官に迫って」と。
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