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ここから本文エリア 話題の本棚 古事記新解 古伝の記録という常識問い直す[掲載]2007年05月06日 古事記といえば、8世紀に著された日本最古の歴史書として、研究され尽くされたものと思いきや、最近次々と、その根本を問う論が示されている。稗田阿礼が「暗記」していたのを文字にしたのじゃなかったの? え、序文が疑わしい? 神野志隆光著『漢字テキストとしての古事記』は、古語と伝承の記録という私たちの常識を揺さぶる。当時の日本では、漢文の訓読が定着したことから、日常の話し言葉に漢字をあてたのではない、新しい書き言葉が出現していた。古事記は、その書き言葉を意図的に使って書かれたのだという。 そして、古い話し言葉での伝承を記録したと言えるのか、と問う。むしろ虚構ではないか。江戸時代に『古事記伝』を著した本居宣長以降多くの研究は、虚構のかなたに「あるべき古代」を探した、と。 工藤隆著『古事記の起源』は、成立期、中国の影響で急激な「近代化」にさらされた危機意識から、いにしえに価値を見いだす思想が求められた、と見る。それは明治前後からの近代化に際しても繰り返され、古事記は、天皇の万世一系の根拠として、皇国史観の聖典となった。 三浦佑之著『古事記のひみつ』は、天武天皇の意思を反映した歴史であるとする古事記の序文を、後世の権威づけだとする。本文に大量に含まれる出雲神話やヤマトタケルの言及の仕方に注目。律令国家の完成とともに統一された歴史・系譜とは別の、皇位継承者の顔ぶれが次々と替わっていった時代に試みられた歴史叙述の一つである可能性を示唆する。 ただ、物語としての魅力は、確かに人々の心をとらえて離さなかった。長部日出雄著『天皇の誕生』は、古事記に「作家」たちの視線を感じるという。そして、話し言葉と書き言葉の両方の働きをそなえた「日本語」が創造されたのだ、と。
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