
[掲載]2009年6月21日
テレビ東京「世界を変える100人の日本人!JAPAN★ALLSTARS」で「筒井康隆の日本人ならコレを読め!」のコーナーを持つ=東京・虎ノ門、撮影・高波淳
■ブルジョワ・没落・芸術の法則
中大江小学校時代、大阪市の知能テストを受けた結果、市内小学校の六年生でIQ140以上の子を集めた特別教室というクラスに入れられた。一週間に一度、中大江小学校に集められ、代数、英語、「もののあわれ」「わび・さび」などの国語教育を受けた。この子たち約四十人と共に、そのまま東第一中学校へ進学し、ぼくはまたしても阪急電車、市電を乗り継いで、天満橋にあるこの中学校へ通学することになったのだった。
相変わらず千里山のお爺(じい)ちゃんの家の二階での間借(まがり)生活だったが、ここへ満州からお爺ちゃんの親戚(しんせき)が引揚(ひきあ)げてきて、家は十人を超す大家族になってしまい、ぼくの両親とお爺ちゃんの仲は「出て行け」「出て行かぬ」で次第に険悪になっていった。
そんな時でもぼくは世界文学全集を、二階のひと間の蒲団(ふとん)の中で読み耽(ふけ)った。すでに何冊も読み進めていた世界文学全集だが、成瀬無極訳のトオマス・マン『ブッデンブロオク一家』を読んだ時の感動だけは忘れない。これは昭和七年の二月に上巻が出て、八月に下巻が出ている。下巻の後半には、トオマスの兄のハインリッヒ・マン『嘆きの天使』が収録されていた。
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『ブッデンブロオク一家』は、トオマスがリューベックの富裕な商家だった自身の一族の歴史をモデルにして書いた作品で、小説のブッデンブロオクもやはりリューベックの豪商の一族。その繁栄と、ドイツ・ブルジョワジイの崩壊とともに没落していく姿を描いている。これをあまり平静な気分で読めなかったというのは、ぼくの家も北堀江にある大きな藍(あい)問屋でありながら、父の兄にあたる泉屋五世・嘉兵衛や次兄・嘉明の放蕩(ほうとう)によって没落してしまっていたからだ。読むにつれ、マンの人物描写のみごとさに伴って親戚の誰それの顔が浮かび、一家の浮沈に一喜一憂し、ブルジョワ家庭のだらしない蕩尽(とうじん)にはらはらしたものだ。登場人物のそれぞれが自分の病気のことを述べ立てる描写など、鬼気迫るものがあった。
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没落するにつれ、芸術志向の家族も何人か登場する。ブルジョワと芸術の関係をこんなにみごとに描いた作品はない。特にラスト近くになって登場する、病弱で生活能力皆無のハノオという少年が、ひたすらオルガンに向かって頭の中の管弦楽を弾き続ける描写は圧巻である。この演奏を誰かが聴いていて、その天才ぶりに驚嘆して世間に迎え入れ、彼の盛名があがり、一族の繁栄が蘇(よみがえ)るのではないかという期待を抱かせるのだが、そうはならないのである。このハノオの夭折(ようせつ)によって、一家は完全に終焉(しゅうえん)を迎えるのだ。
マン自身、この小説を書き始めたのが二十二歳の時であったと知ってぼくは驚いた。ぼくもこんな早熟の天才になれるだろうかと思ったりもした。そして、後年聞かされた文壇での定説は、ぼくを充分(じゅうぶん)に納得させた。
「いい作家が出る条件は、いい家柄に生まれ、その家に沢山(たくさん)の本があり、その家が没落することである」
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成瀬訳、改版して望月市恵訳『ブッデンブローク家の人びと』共に岩波文庫で品切れ。
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