初めてエッセイ集をだした記念に、随筆の王様を紹介しよう。モンテーニュの『エセー』である。400年以上も昔の、フランスの片田舎で書かれたエッセイの、どこがおもしろいのかといわれても、困ってしまう。実際手にとれば、うまいソバでもたぐるようにつるつると読めてしまうのだからしかたがないのだ。ゆとりのあるとき、このエッセイの一冊を片手に寝そべるほど穏やかな満足は、ほかにちょっと見あたらないとぼくは思う。
例えばこんな調子である。「可愛らしさにすぎないものを力と呼んだり、鋭いだけのものを堅いといったり、または美しいだけのものを良いといったりしないように、誰でもいくらか用心しなければならない」
ネットと映像の(いいかえればノイズ情報と表面だけの)21世紀に、これほどしっくりくるなんて、このおじさんはなかなかやるなあ。いい声をしたすぐれた人から、気楽なおしゃべりを、ふたりきりでゆっくりきく。この親密さこそエッセイの醍醐味(だいごみ)なのだ。
こんなふうにいうと、昔はのんびりしていたからだという人もいるかもしれない。だが、16世紀後半のフランスは、ペストの流行と宗教戦争による大乱世の最中だった。エイズと新型インフルエンザ、終わりなき自爆テロが、ありふれたニュースになった現代とすこしも変わらないのである。
それになにより「理由なく城を固守するために罰せられること」とか「三人の良妻について」などという絶妙な題名がついていたら、誰でも読んでみたくなるだろう。岩波文庫で全6冊の長大なエッセイで出会うのは、「私のことよりほかには何も目ざしませんでした」というモンテーニュの驚くべき誠実さなのだ。
人の心がいかに変わらないか。また、それがどれほどの幅の広さと深さをもつものか。気軽につきあううちに、いつのまにか人間の素晴らしさに心打たれている。エッセイになにができるのか、これはその証明のような本である。(作家)
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原二郎訳、ワイド版岩波文庫・全6巻・1260〜1470円。昨秋から白水社版(宮下志朗訳)も刊行開始。