これほど面白い本を、私は他に知らない。文学かぶれだった10代の私は、橋川文三(はしかわぶんそう)の文章によって一気に思想史研究へと引きずり込まれた。今でも読み返すたびに、胸の鼓動が激しくなり、手に汗を握る。新しい発見も多い。
本書は、60年代・70年代に書かれた論文を再編集したもので、特定の結論を前提とした体系的作品ではない。しかし、その独創性の高さと、視点の鋭さは現在でも全く色あせておらず、読む者の心を震わせる。
橋川は、丸山真男を筆頭とする従来の「超国家主義」理解に疑義を呈する。丸山はファシズムと結びついた昭和初期の超国家主義を「国家主義の極端形態」と見なし、明治期からなし崩し的に拡張した軍国主義的ナショナリズムのあり方を批判した。
これに対して橋川は、超国家主義には「なんらかの形で、現実の国家を超越した価値を追及するという形態が含まれている」という大胆な説を提示し、昭和維新ナショナリズムの個人主義的で普遍主義的側面を強調した。彼は安田善次郎を暗殺した朝日平吾や血盟団事件の実行者・小沼正、菱沼五郎といった青年テロリストの心性に迫り、そこに求道的な存在論的問いが含まれていることを明らかにした。
このような議論は、1922年生まれの橋川自身が歩んだ青年期の体験に繋(つな)がっている。彼は、戦前・戦中に自らの魂を揺さぶった超国家主義を、単に「錯誤」や「迷妄」として切り捨てるのではなく、「一般的な人間の事実」として捉(とら)え直すべきことを主張し、それを学問の上で実践した。
彼は一貫して、自らの心の闇の底に、近代日本の苦悩を見ようとした。だから、その文章にはただならぬ迫力と、暗くドロドロとした感情がまとわりついている。近代日本を生きた青年の煩悶(はんもん)する声が、ざわめいている。
橋川は83年に亡くなった。その独創的研究は、現在まで放置されたままの感が否めない。本書を読むたびに、「橋川文三の問いを何とか引き継ぎたい」と、私は強く思う。(日本学術振興会特別研究員、第5回大佛次郎論壇賞受賞)
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筒井清忠編・解説、名古屋大学出版会・5250円/没後の94年、著作集(筑摩書房)に未収録の論文を集成。