あー、ドストエフスキーねー。なーんか皆すごいって言うよねー。でも長いよねー。上中下って、三冊あるでしょあれ? あれは長すぎだよねー。やる気のない態度を見せつけようと、だらしなくソファに寝そべりながらそう言い放った私にも、彼は怯(ひる)まなかった。俺(おれ)と対等に話をしたいんだったらこれくらい読んでおいてもらわないと困る。彼の言葉に目を見開き、半ば唖然(あぜん)としたまま、私は彼の差し出した『カラマーゾフの兄弟』(上中下)を手に取っていた。
そうこれが、私VSカラマーゾフの始まりだった。この嫌味(いやみ)な男は私の彼氏であり、その夜、何を思ったか彼は「悪魔との出会い」というテーマを持ちかけて来ていたのだ。
ていうか「悪魔との出会い」なんていう超個人的なテーマについて人と話し合おうとするあんたの神経が信じられない! しかも自分から持ちかけたくせに「対等に話をしたいんだったら……」って何だ! とも思ったけれど、そこまで言われちゃあね! といった具合に、そして彼と対等に話し合いたい気持ちを糧に、私は上巻の表紙に手を掛けた。
上巻半分を読むのに約三カ月。何なんだこのつまらなさ! と彼に怒りをぶちまけもしたものの、もう少し読めば面白くなる、という言葉に疑いを持ちつつも読み続ける事、更に一カ月。上巻の終わり辺りから本当に面白くなってきた事に戸惑っている内に、物語は加速していった。悪魔との対話、理性と愛と信仰、善とは、悪とは、神とは、息もつけない展開に思考も止まらず貪(むさぼ)るように、中巻と下巻を私はほぼ三日ほどで読み終えたのだ。
何だなんだこれはこんなに面白い小説があるなんて! 私はアリョーシャみたいな人が好きだよ! 素晴らしい! 爆発だ! と詰め寄る私に、彼はまんざらでもなさそうだった。では、といった具合に「さあ対等に話そうではないか」と両手を拡(ひろ)げると、彼はまた平然とした表情で「何の話?」と言い放った。(作家)
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原卓也訳、新潮文庫・上中下・820〜860円。2千ページに迫る大作。岩波文庫版は米川正夫訳で、全4巻。