建築の道で生きていく覚悟を決めた時から、仕事漬けの日々を送ってきた。それにしても、最近の忙しさは尋常ではない。
4月末には、まずスイス、バーゼルで会合。その後、イタリアのベネチアで大改造した美術館のオープニングに参加。日本に戻ると、空港から事務所に直行、席に着くなりスタッフから不在の間に起きたさまざまな事柄が報告される。現場でのアクシデント、契約上のトラブル、各プロジェクトの進行状況等々。それらを一つ一つ処理していく傍らで、新入りスタッフの教育もしなくてはならない。文字通りの精一杯(せいいっぱい)、私が責任を全うしうるギリギリの状態だ。
その私に本を推薦しろというのも酷な企画だが、あえて今の日常と最もかけ離れて見える建築の本を紹介しよう。F・プイヨンの『粗い石』だ。
20代の時、独学で建築の道を歩む決心をし、数回の世界旅行を企てた。何回目かの旅で、ロマネスクの修道院見学で南仏を訪れた時、この本を携えていった。未知の世界との出会いの感動と、孤独ゆえの不安に心揺らぐ中で、繰り返し、この本を読んだ。
舞台は中世フランス。命がけで修道院建設に取り組んだ修道士の生涯を描いた物語だ。当時、教会堂の建設ほど壮大かつ過酷なものはなかった。技術的困難、財政上の問題、上層部との衝突など、幾多の困難が修道士に襲い掛かる。修道士は、石の扱い方から組織の組み立て方に至るまで、気の遠くなるような時間と労力を費やし、一つ一つ手探りで解決していく。
南仏でモデルとなったル・トロネの修道院を訪れ、厳しくも気高い空間に身を浸した時、重厚な壁の向こうに無心に石を積む修道士の姿を見た気がした。生涯忘れえぬ感動を味わった。
『粗い石』に込められた〈生きることは正しくつくること〉というメッセージは、分業化された現代の建築に痛烈な批判を投げかける。「お前は身を切ってつくっているか」——時間に追われる日々をすごす現在の私にとっては、何より恐ろしい一冊かもしれない。(建築家)
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荒木亨訳の小説。プイヨン(1912〜86年)はフランスの建築家。原著は64年刊。(形文社・3150円)