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たいせつな本

堀柳女『人形に心あり』 四谷シモン(上)

[掲載]2007年01月28日

■すっと引き込まれた美しさへの心の構え

 あまり定かではないが、たぶん、小学校六年生頃のことだと思う。この『人形に心あり』という本を手にしたのは。いったりきたり、同じところを何回となく読んだ。

 堀柳女(ほりりゅうじょ)さんは、おそらく日本ではじめて、徒弟制的職人修業を経ずに本格的人形作家となった人だ。この本は、その堀さんのおいたち話からはじまり、布や色彩に対する異常なまでの執着などが丁寧に書き込んであって、堀さんの世界にすうっと引き込まれた。

 成長した堀さんは、誰におそわるということもなく描いていた一枚の絵がきっかけで、時の人・竹久夢二と運命的な出会いをするのだが、夢二との芸術的な交流だけでなく、彼のもっていた花魁(おいらん)の着物の袖を人形用にとちょん切ってしまった話なども書いてあって、そんなことも子供の頃はおもしろかった。

 しかしなんといっても驚いたのは、堀柳女さんが人形をつくりはじめたきっかけだ。

 あるとき、チューインガムをかんで甘みがぬけてしまったものを手でこねていて、それがなんとなく人の顔の形になったので楊枝(ようじ)の先に刺しておいたら、翌日それが固まって、アッと思うような顔になっていた。そのことがおもしろく、次々とそのチューインガムの顔がつくられていく。人間国宝・堀柳女さんの人形のそもそもの出発点が、こんなたわいもないところにあるのがとてもふしぎだった。

 でもここから、堀柳女さんの地道な努力がはじまる。彫刻家の先生についての土との格闘。誰もいないアトリエでの制作。それだけでなく、いろいろなところで本格的な人形づくりをおそわる。なにがそうさせるのか。人形とはなんなのか。その精神性を堀さんはさかんに語っている。その部分、たとえば「人形は、単に、手先でこしらえるものではありません」といった箇所(かしょ)に、僕は子供なりに傍線を引かずにはいられなかった。

 堀柳女さんのいっている人形づくりの心構えのようなもの。なにか精神的にとても高いもの、美しいものに対しての心のありよう。この時学んだものは、子供心に深く染み込んだ。(人形作家)

    ◇

 56年、文芸春秋新社刊。絶版。図書館で閲覧、古書店で入手可。著者は55年に人間国宝、84年没。享年87。

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