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たいせつな本

渡辺京二『逝きし世の面影』 逢坂 剛(上)

[掲載]2007年02月11日

■外国人の手記博捜し、日本人の真の姿解明

 ある土地、ある時代の人情や風俗、習慣などを知りたいと思えば、その土地に常住する人びとよりも、よその土地や国から訪れた一時滞在者の手記、紀行などを読む方が、はるかに収穫が多い。

 ある時期から、わたしは幕末開国前後に来日した外国人の日記、滞在記などを集め始めた。異なる文明圏の目をとおして見ることで、当時の日本人の心情や生活が、より鮮明に浮き彫りにされるのではないか、と考えたのだ。たまたま、そんなときに出会ったのが渡辺京二氏の、『逝きし世の面影』だった。

 渡辺氏はこの本で、まさにわたしが考えたことをより具体的に、より精細に実現していた。それは、わたしが想像した以上に、強い印象を与えるものだった。わたしは、江戸という時代とそこに生きた市民の、真の姿を見たとさえ思った。渡辺氏は、外国人によるさまざまな手記、記録を細大漏らさず博捜し、それらを丹念に読み解いて、当時の日本人のありようを、鮮やかに解明する。

 文明度からすれば、当時の日本は西欧諸国より、数段遅れていた。しかし、その生活習慣や人情風俗は、彼ら外国人を驚倒させるのに、十分だった。江戸庶民の、貧しさの中に光る純粋さ、異国人に対する好奇心の強さ。それに比例する、親切さともてなしのよさ。物や自然に対する、畏敬(いけい)の深さ。そうした日本人の美点の数かずが、異国からの訪問者の手で、大きな驚きとともに記録されている。

 本書を読めば、幕末から明治を生きた日本人が、今ではほとんど失われてしまった美徳を、いかに自然に身につけていたか、ありありと知ることができる。時代小説を書く上で、わたしはこの本から学ぶところが、きわめて大きかった。訳知り顔の知識人は、こうした外国人の驚きや感動を、一時滞在者による一面的な観察にすぎない、として黙殺しがちである。しかし、渡辺氏はそうした否定的な視点を、鋭く批判する。

 読了したとき、読者は本書の題の意味するところを、粛然として悟るに違いない。(作家)

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