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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>たいせつな本> 記事 たいせつな本 夢窓国師『夢中問答』 南條竹則(上)[掲載]2007年03月25日 ■行間に浮かび上がる 禅の名僧の粋な面影 子供の頃に見たテレビの「姿三四郎」で、主人公がよく和尚に喝(かつ)を入れられていた。わたしは禅というものは何かちっとも知らなかったが、どうもやかましくて粗暴なものらしいという印象を受けた。 この印象は大人になるまで変わらなかったが、それを覆した一冊の書物がある。 室町時代、夢窓疎石という禅僧がいた。名僧の誉れ高く、「国師」という称号をおくられた。その夢窓国師が足利尊氏の弟・直義の問いに答えた法話を記録したのが、『夢中問答』という本である。 ふとしたきっかけでこの本を読みはじめたところ、行間に浮かびあがる著者の面影は、わたしが抱いていた禅僧の印象とは、まったく違った。その言葉は淡々と穏やかで、温雅円満。内容はもちろん禅の心を説くのであるが、禅宗だけでなく仏教各派の教義や経典に通じている。 中でもとくに、巻下(問答七七〜八〇)に語られる逸話には感心してしまった。 昔、漢土に小艶という女性がいた。忍び逢(あ)う檀郎という恋人がいた。ある時、この檀郎が、小艶の住む洞房の辺に来て、遊んだ。小艶は、自分が洞房の中にいることを知らせたいと思ったけれども、外聞をはばかって、外には出ない。そのかわり、召使いの小玉という娘をしきりに呼んで、障子を開けろとか簾(すだれ)をおろせとか言いつけた。むろん、彼女には障子も簾もどうだって良いので、その本意はただ、男が自分の声を聞きつけてくれることにあるのだ。 如来の説法もまたかくのごとしで、もとはといえば檀郎に気づいてもらうための手段にすぎぬ。その一々の言句をあげつらって優劣を云々(うんぬん)するのは、教えの本質をわかっていない人のすることだ。 《なるほどね、わたしもこれで悟っちゃった。仏教というのは粋だなあ》……とわたしは感動したのであった。 (作家) ◇ 14世紀半ばに成立、上中下3巻、全93の問答からなる。ワイド版岩波文庫、講談社学術文庫など。
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