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たいせつな本

桂枝雀『らくごDE枝雀』 森永卓郎(上)

[掲載]2007年09月16日

■人間はなぜ笑うのか 疑問に答えてくれた

 私は大学で経済学を教えているのだが、経済学には合理的経済人というのが登場する。完全情報の下で、自分の利益が最大になるように、常に正しい合理的な行動をするのが、合理的経済人だ。

 ところが、本物の人間は、しばしば合理性とはかけ離れた行動をする。バブル、恋愛、宗教、戦争など、経済学からは決して導かれることのない不合理な行動を繰り返しているのだ。私は、そうした不合理な行動を、生涯の研究テーマとして、ずっと追いかけてきた。

 そのなかの一つが「笑い」だ。笑うというのは、例えば「食事をする」とか「眠る」といった行動とは明らかに異なる。笑い自体に意味はなく、笑わなくても、人は生きていけるからだ。

 「人はなぜ笑うのか」という私の疑問に、明確な答えを示してくれたのが、神戸大学で学び、上方落語界きってのインテリと言われた桂枝雀が書いたこの本だった。

 枝雀は、代表的な上方落語、江戸落語の「落ち」を徹底的に研究し、すべての落ちが(1)「ドンデン」、(2)「謎解き」、(3)「へん」、(4)「合わせ」の四つに分類されることを発見した。

 第一の「ドンデン」は、ドンデン返しのこと。最後の最後に思いも寄らないところに話を急転回させる。第二の「謎解き」は、聞き手が抱く疑問を氷解させる。第三の「へん」は、「そんな馬鹿な」という荒唐無稽(こうとうむけい)な結末を示す。第四の「合わせ」は、全く無関係と思われる事象を無理矢理(むりやり)関連づける。

 こう書いても、よく分からないと思うが、『らくご枝雀』のなかでは、具体的な落語の落ちをひいて解説しているので、誰でも分かると思う。さらに本のなかでは、4種類の笑いを図解までしているので、笑いのメカニズムが一目瞭然(りょうぜん)だ。

 人間は、経済学が示すように快適さが高い状態である「安楽」を求める。しかし、安楽よりもずっと人間を夢中にさせるのは、刺激の変化が引き起こす「快楽」なのだ。

 枝雀は99年4月19日に亡くなったが、枝雀の残した笑いのメカニズムの究明という業績は、永遠に残るだろう。(独協大学教授)

    ◇

83年にPHP研究所から原題『まるく笑ってらくご枝雀』として刊行され、93年にちくま文庫から再版。

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