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たいせつな本

ジンメル『愛の断想 日々の断想』 岡井隆(下)

[掲載]2007年10月07日

■箴言からふかい慰め 訳者あとがきも魅力

 ある新聞の朝刊に毎日コラムを書き始めてから二十数年になる。五十字以内の短い引用文を揚げて百五十字程度のミニエッセーを添える。短歌、俳句、詩以外に、箴言(しんげん)も交える。この仕事で内外の思想家や文人の断想集のたぐいをたくさん読んだ。読者のために書いているのだが、自分自身を励まし慰めるために書いているように思うことがある。

 ジンメルの『愛の断想 日々の断想』(清水幾太郎訳、岩波文庫)もその一冊である。ほかに『情熱的な精神状態』(E・ホッファー、永井陽之助訳)とか、『道しるべ』(ダグ・ハマーショルド、鵜飼信成訳)などがあるが、どれも訳者に人を得ているところがよく似ている。

 ジンメルの本は、戦前に出た清水の旧訳書まで探して来て比較したりするほどで、しばしばそこからふかい慰めを得ている。「人生に堪えるのには、一般に一つの可能性しかない。即(すなわ)ち、或(あ)る程度の軽薄ということである」などというのが一番好きな断想だが、「大きな問題と、その解決がもう期待されないのに、それでも問題へ向って行く勇気と、人間として、これ以上のものを望み得ようか」とか「本当の罪過というのは、決して贖(あがな)えるものではない」などという独白も気に入っている。

 この本には、もう一つ魅力のある部分がある。清水の「あとがき」であって、ここにはジンメルの影の部分にひっそりと存在した女弟子ゲルトルート・カントロヴィッチについて含みの多い解説がある。ゲルトルートはジンメルの弟子でもあり愛人でもあって、妻のあるジンメルとの間にアンギという娘が生まれた。むろんジンメルがユダヤ系ドイツ人であることが、その家族にも深い影をおとした。

 「愛の断想」の中のジンメルの数々の性愛論、そして愛を知る人についての断想は、すべてこのカントロヴィッチを背景にして解くことができる。いな、清水自身は力をこめて、そう言っているのだ。そこに訳者の思い入れのようなものが見えて、何度読み返しても興味は尽きないのである。(歌人)

    ◇

 38年刊行の『断想――日記抄』(清水訳・岩波文庫)を訳し直し、「愛の断想」を加えて80年に刊行。

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