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たいせつな本

デニス・ダンヴァーズ『天界を翔ける夢』 桜庭一樹(下)

[掲載]2007年11月18日

■未来の“ロミジュリ”、恋の物語の輝き発見

 初めて恋をするのは、一つの“死”を経験するようなものだ――。

 初恋の悲劇といえばシェークスピアの『ロミオとジュリエット』で、この古典にインスパイアされた“――版ロミオとジュリエット”といった作品も多い。人の好みは千差万別なので、本家よりも、50年代のニューヨークに舞台を変えた『ウエストサイド物語』のほうがじつは好き、という人もきっといるだろう。

 わたしが愛してやまない作品は、バーチャルリアリティー世界を舞台にした近未来のロミジュリこと、『天界を翔ける夢』(デニス・ダンヴァーズ/ハヤカワ文庫)である。

 最近、なにかと話題のコンピューター内の街「セカンドライフ」をさらに発展させたような、未来のバーチャルリアリティー〈ビン〉が舞台。一人ひとりの寿命が限られた現実の世界と肉体を捨てて、〈ビン〉での永遠の命を選んだ大多数の人々と、荒廃した地上に残った少数派。主人公の青年ネモは地上に暮らしながら、年に二度、コンピューター内にアップロードされた両親に会いに行く。ネモは老いとは無縁な桃源郷〈ビン〉を、魂が穏やかに死んでいく場所――黄泉(よみ)の国として怖(おそ)れている。しかしある夜、その街で運命の女たるジャスティンと出会ってしまった……。

 今世紀後半を舞台としながらも、ネモとジャスティンの初恋は古典的で、しかし荒廃しきった未来都市ならではの耐えられない渇きにも満ちている。死の国〈ビン〉に青年を呼びこもうとした美女の正体には、多くの読者が、心のいちばん弱くて頑(かたく)なな部分を殴打されることだろう。すべてのからくりを理解しながら、自己愛そのものだった初めての恋のために、燃えさかる炎に身を投じ黄泉の国に沈んでいく青年の名が、ヴェルヌの傑作『海底二万里』の孤独なネモ船長と同じなのは、きっと偶然ではない……。

 普段、恋愛小説をまったく読まないわたしだが、こういった魂の問題と絡めてであれば恋の物語は輝くと気づいたきっかけの一冊で、これを読んで以降、自分も“恋愛小説”を書くようになった。(作家)

    ◇

 ハヤカワ文庫(品切れ中)・川副智子訳。ダンヴァーズは47年生まれ。著書に『エンド・オブ・デイズ』など。

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