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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>たいせつな本> 記事 たいせつな本 イサク・ディーネセン『バベットの晩餐会』 柴田翔(上)[掲載]2008年02月03日 ■やがて奇跡が訪れて読む人を幸せにする この短編の作者イサク・ディーネセンは、実はデンマークの女性作家カレン・ブリクセン(一八八五〜一九六二)の別名だという。 冒頭で短く、おもちゃのような家々の立ち並ぶノルウェーのフィヨルドの小村ベアレヴォーを紹介したあと、彼女は段落を改めて語り始める。 「六十五年前、その一軒の黄色い家に、もう若い盛りもとうに過ぎた中年のふたりの姉妹が住んでいた」 その一行を読んだとき、読者はいま物語が始まったことを知って、胸がときめく。 だがいま語り始めたのは、作家ブリクセンなのだろうか、それとも彼女が物語の中へ生み出した語り手なのか。 いや、おそらくそのどちらでもない。作家は一度は物語の中へ姿を消し、また物語る力そのものになって物語の中に戻ってくる。 そう思わせるほど確かな足取りで物語は進む。読者はもうそこで語られるすべてを、たとえあり得ぬ奇跡であっても、そのまま信じるだろう。 六十五年という年月の遠眼鏡の向こうに、遠く小さく見える海辺の小村の風景。だがその淋(さび)しい村の背後に、更に過去へ遡(さかのぼ)って三十年の年月とパリやノルウェー宮廷を含む西欧世界の広大な時空が拡(ひろ)がり、放蕩(ほうとう)と禁欲、出世と煩悶(はんもん)、芸術と宗教が交錯する。 二人の老嬢がまだ妖精のように美しかった頃、遠い世界からその村を訪れながら、厳しい掟(おきて)に阻まれ、成就せぬまま去って行った二つの恋。 それから十六年後の一八七一年、パリ・コミューンの弾圧から逃れた女コック、バベットが、かつて失意のまま去って行った男の紹介状を手に、淋しいフィヨルドの村の姉妹の元へ亡命してくる。 やがて不思議な酒を醸すかのような十数年が経(た)って奇跡の時が訪れる。不和の人々は和解し、結ばれなかった男女も実は生の日々をともにしたのだと知り、眠る人々の上に雪が積もる。読む人を自(おの)ずと幸せにする輝く恩寵(おんちょう)の数々。 最後に女主人公バベットが力に溢(あふ)れた姿を現す。著者名はどうあれ、これは繊細さと大胆さが織り上げた、女性だけが語れる物語だ。(作家) ◇ 87年に映画化され、日本では89年に同名の単行本(桝田啓介訳)が刊行された。現在は、ちくま文庫で読める。
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