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たいせつな本

吉川幸次郎『漢の武帝』 安西篤子(下)

[掲載]2008年02月24日

■碩学の平易な文章に感動して手紙書いた

 十代の半ばまで六年余を中国大陸で暮らし、第二の故郷ともいうべき土地でありながら、私は中国について何も知らなかった。敗戦後、中国との国交も絶え、一種の飢餓状態に陥っていた私は、渋谷の書店で『漢の武帝』をみつけ、干天に慈雨を得た思いで読んだ。いまも大切にしているこの本の奥付を見ると、昭和二十四年十二月二十日発行とある。

 著者の吉川幸次郎氏は、京都大学の碩学(せきがく)だが、一般の読者を想定してか、きわめて平易に書いておられる。

 ――もし嬌ちゃんをお嫁さんにもらえたら、黄金(こがね)づくりのお家(うち)の中へ、入れてあげるよ。

 「若(も)し阿嬌(あきょう)を得て婦(よめ)と作(な)さば、當(まさ)に金屋(きんおく)を作りて之を貯(たくわ)えんかな」

 豪毅(ごうき)英明な武帝の幼い日のエピソードである。匈奴と戦い、人材を登用し、西域と交流し、「中国史の最も輝かしい時代のひとつ」を築き上げた武帝の事績が、いきいきと読むものに伝えられる。この本に触発されて、私は「史記」や「漢書」を耽読(たんどく)した。

 感動のあまり、私は吉川氏に手紙を書いた。親切にも氏は返事を下さった。年に何度か上京され、お茶の水の駿台荘を定宿にしておられた。たまたまお訪ねしたとき、相客にお茶の水女子大の学生が二人いて、中身の濃い話の交わされるのを、私は傍(そば)で羨(うらや)ましく聴いた。「資治通鑑(しじつがん)」がおもしろいと教えていただいたのも、その時だったか。

 むろん、『杜甫私記』など、氏の著書も愛読した。私が李白より杜甫を好むのもその影響か。夜行の寝台列車でお帰りになるのを、東京駅までお見送りしたのも、なつかしい思い出である。

 その後、長い歳月の間に、中国との国交も恢復(かいふく)し、この隣国との関係も、幾変遷を経た。最近は日本でも、中国史にもとづく小説が隆盛をきわめている。

 私が駆け出しのころ、この種の小説は編集者に受けが悪かった。「中国物は登場人物の名前が難しくて」といわれたことなど、現在から見れば嘘(うそ)のようである。(作家)

    ◇

 吉川幸次郎(1904〜80)。中国文学者として著作は数多い。『漢の武帝』は49年刊行、現在品切れ中。

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