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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>たいせつな本> 記事 たいせつな本 『山之口貘詩集』 ねじめ正一(下)[掲載]2008年03月09日 ■どん底の暮らしだが、詩になると救われる 山之口貘(やまのぐち・ばく)は貧乏のどん底で詩を書きつづけた詩人である。詩を書きたい気持ちが強すぎて、生活をするとか、お金を稼ぐとかいうこととうまく折り合いが付けられなかった詩人である。 現代詩文庫に載っている彼の詩は日本人らしい詩である。日本人らしいというと花や鳥のイメージが浮かんでくるが、まったく逆で、小さな現実世界で生きる人間のことを詩にしている。どん底の暮らしなのだが、貘が詩の言葉にすると救われて、元気が出てくる。悲惨の先にユーモアがとどまっている。それも、草の葉っぱの先に露のしずくがぷるぷるとどまっているような、落ちそうでけっして落ちない微妙なとどまり方である。この微妙なとどまり方が日本人らしいと感じさせるのかもしれない。そのユーモアの出どころは山之口貘の目のよさである。貘はとにかく目がいい。目から物が、コトバが、あふれ出てくる。私の好きな詩のひとつに「畳」がある。結婚したら、畳の上に女房になった女があらわれ、桐(きり)の箪笥(たんす)があらわれ、薬缶(やかん)もあらわれ、火鉢もあらわれ、鏡台もあらわれ、お鍋もあらわれ、食器もあらわれる。山之口貘は貧乏のどん底で、物とは縁がなかったのだが、結婚したとたんにこれだけいろいろなものがあらわれて興奮している。 山之口貘にとって結婚とは物が増えてくることなのだ。結婚とは物が現れることだというひとつの真理を発見して、うれしくてうれしくてたまらず、アルキメデスが「エウレカ(みつけた)!」と叫んで風呂から飛び出して町中を駆け回ったみたいに、エウレカ! エウレカ!と原稿用紙に詩を書いている。私はクスクス笑いながら「そうだよなあ、結婚ってそうかもしれないかあ」と自分が結婚したときのことを思い出してみたりする。 それにしても、私が知らないだけで、平成のご時世でもすべてを犠牲にして食えない詩を書いている人がいると思うのだが、その人の詩が貘のように面白いのかと聞かれたら、わからないとしか答えようがない。(作家・詩人) ◇ 88年、現代詩文庫。山之口貘(1903〜63)。「鮪(まぐろ)に鰯(いわし)」「山之口貘詩集」「思弁の苑(その)」と詩論を収めた。
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