[掲載]2008年3月30日
■戦争を内地で生きて 出征する若者の目で
敗戦のとき、私は16歳だった。少年兵として、陸軍幼年学校という軍人養成学校の3年生であった。戦後の数年間、私は東西の近代小説を乱読した。まだ戦後文学も出現せず、昭和初期に出た文学全集を手当たりしだいに読んだ。そのうちに新しい文学として戦後作家の登場があり、その多くは戦場や軍隊を描いたものだった。文学者が兵隊にとられて、反戦の姿勢で書く小説だったのだ。
そういうなかにあって野上弥生子の『迷路』が「愛」の章まで、つまり万里子の愛の告白が述べられる第4部までが刊行され、戦争時代を内地で生き、やがて出征していく若者たちの姿を描いていて、私には自分に近い戦中を生きた人々の小説として親しみを覚えた。ともかく学生仲間には評判が高く、単行本の回し読みがさかんに行われた。
『迷路』の第6部までが完成され単行本として出されたのは1956年だから私が医師になってからだった。あらためて最初から読み、深い感動を覚えた。
まず、私が興味を持ったのは、それが東京を舞台とする小説であったことである。さらに教えられたのは、東京で活躍する人々の多くが地方の出身者であるという設定で小説が書かれていたことである。作者の故郷大分県の人々が東京で活躍していく。そして夏は軽井沢で生活する。大分、東京、軽井沢という土地柄の3点セットが私には面白かった。私のように東京生まれの東京育ちの者には欠けている視点が、この長編には、微細に奥深く描かれていて、なるほどと感心させられた。
東京に出て戦争成り金として成功している人や富裕な時局便乗主義者に利用されながら、若者たちは戦争に駆り出されていく。この構図が私には新鮮であった。
大分の海の描写や、軽井沢の森の描写が生き生きとしている。青い海のイメージは、夏の軽井沢の緑の映像と対比されて、この小説を彩っている。
戦争を描いた戦後文学のかげに隠れているようで、この小説は戦後文学の別な極点を示している。(作家)
◇
野上弥生子(1885〜1985)。作家。『秀吉と利休』など。『迷路』は現在、ワイド版岩波文庫で読める。
著者:野上 弥生子
出版社:岩波書店 価格:¥ 1,890
著者:野上 弥生子
出版社:岩波書店 価格:¥ 1,890
著者:野上 弥生子
出版社:新潮社 価格:¥ 660
ここから広告です
広告終わり