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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>たいせつな本> 記事 たいせつな本 アインシュタイン、インフェルト『物理学はいかに創られたか』上・下 有馬朗人(下)[掲載]2008年04月13日 ■石にかじりついても理論物理を学ぼうと 1942年3月、私は父の転勤に従って浜松へ移り、翌年浜松第一中学校(現浜松北高)に入学した。学校から帰るとモーター、電池式ラジオ、変圧器と模型作りに熱中し、ラジオ、モーター、変圧器の作り方の本が愛読書であった。2年生の2学期から授業どころでなく、軍需工場に動員され旋盤工として働いた。米軍機による爆撃は激しく、ついに6月、家を焼かれ敷地村(現磐田市)へ移った。 敗戦を迎え学校が再開した。3年生の2学期であった。すべて焼かれて読む本もなかった時、弘前高校(旧制)の学生であった中学の先輩に会った。親切にもこの先輩は何冊か私が読みたかった本を貸してくれた。この中にアインシュタインとインフェルトの『物理学はいかに創(つく)られたか』という岩波新書があった。 しかもその訳者は、小学校からの愛読書で残念なことに焼かれてしまった『世界の謎』の編者石原純であった。アインシュタインの弟子であり優れた理論物理学者の石原純は、歌人でもあった。従って訳は正確であり流暢(りゅうちょう)である。私はこの本によって古典力学の成立とその意義をよく知ることができた。そしてアインシュタインによるブラウン運動の解明を初めて理解したのである。光を伝えるものと信じられていたエーテルが存在しないことと、光の速さについての深い考察から相対性原理の発見へ至る道程を、その生みの親から生き生きと教えられた。そしてきわめて精緻(せいち)に構成された古典力学の凋落(ちょうらく)する道筋が理解できた。その上、光は波動性を示すが同時に粒子性を持つという光量子論を、生みの親から教えられたのである。 私は異常な感銘と昂奮(こうふん)を持って読み、相対論と量子論という現代物理学の美しさを知った。敗戦の翌年、父が病死し極貧生活に入ったが、この上下2冊の本を読んで感激し、石にかじりついても理論物理を学ぼうと決めたのである。 (武蔵学園長、元文相) * 岩波新書版(上巻)は、初版の発行が1939年。現在、89刷を重ねている。
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