[掲載]2008年5月18日
■美しい言葉にシビれ、私があなたに重なる
70年代初頭、高校時代から浪人時代にかけて、私のまわりで倉橋由美子を知らない人はいなかった。『聖少女』『パルタイ』は、たいていのブンガク好きが読んでいた。クラハシ、というのは私たちの間で、完全に記号化していた。オオエ(健三郎)やヨシモト(隆明)が記号化していたのと同様に。
『暗い旅』はそんな時代に、当時、私が住んでいた仙台の、東北大学の近くにある古書店の棚で見つけた。深緑色をした薄めの単行本だった。
あまりうまく吸えなかったセブンスターを指にはさみ、本当はまるで好きではなかったコーヒーをすすりつつ、行きつけの喫茶店で読み始めた。数ページ読んだだけでシビれた。すぐさまシャープペンシルを取り出して、気にいった文章やことばにアンダーラインを引いた。
全編、二人称で書かれている。主人公は「あなた」だ。「あなた」は失踪(しっそう)した恋人をもとめて、東京から列車に乗り、京都に行く。その車中や、京都における「あなた」の様子は、「あなた」の内部を回想をまじえながらロマネスクに、コラージュふうに描くことによって、美しくあぶり出されていく。読んでいくうちに、読者である私が「あなた」と溶け合い、まさしく私が「あなた」の内面の旅を辿(たど)っているような気持ちにさせられる。
クラハシの作品をリアリズムの中でとらえて読もうとするのは笑止である。「何を書くかではなく、いかに書くか」ということを常に問題にし続けてきた倉橋由美子の世界は、美しい言葉で紡がれたデモーニッシュな虚構なのだ。
そこに存分に身を委ね、虚構を楽しみ、酔いしれることができた当時の若い読者たちの感性は、何と豊かで自由だったことだろう。現代の若者たちにも、そうしたよろこびを知ってほしい、楽しんでほしいといつも思う。(作家)
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61年に刊行。新潮文庫にも所収。現在は新潮オンデマンドブックスで購入できる。
著者:倉橋 由美子
出版社:新潮社 価格:¥ 460
著者:倉橋 由美子
出版社:新潮社 価格:¥ 420
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