[掲載]2009年3月15日
■死を恐れぬ明治の男、昭和の男も死と対決
人にとって大切な本は、人生最終の帰結である“死”を納得させてくれる本だと私は思っている。
50歳のとき、突如として病気の集中豪雨に襲われた。心筋梗塞(こうそく)、胃潰瘍(かいよう)、膵臓(すいぞう)炎、胆石、大腸ポリープ群などなど。突然の襲来かと思ったが、ナニ、たばこは1日100本、3食はすべて肉食、酒をくらい、睡眠3時間の仕事生活の当然の帰結であった。
さて、胃は全摘してもらい、心臓は半分が壊死(えし)しているから、開胸してバイパス手術をすることとなったが、直前に胆嚢(たんのう)に癌(がん)が発生していることがわかった。
絶体絶命の四文字が脳裏を飛びかう。しかも胆嚢の癌は力強く進行していて、手術しても余命1年半と告知されてしまったのだ。
突然に死と向かい合って、泥縄の死の研究にとりかかった(笑)。
心のある友人がたちまちエリザベス・ロスさんの『死ぬ瞬間』、キルケゴールさんの『死に至る病』を差し入れてくれるが、キリスト教をベースにした死の研究本だ。しっくりこない。
「おい、これはどうだ」と、さらに心ある友人が中江兆民さんの『一年有半』をもってきた。東洋のルソーといわれた兆民さんが55歳のとき喉頭癌(こうとうがん)になって手術をしたが、「余命はいいとこ1年半」と医者にいわれて、さらばと『一年有半』『続一年有半』という本を書いて、死と対決したのだ。明治34年刊行で20万部を超える大ベストセラーとなったのだからすごい。
「これ、これ」とばかり読んでみると、すごい。なんと「一年半というが短くはない。わたしにとっては悠久だと言おう。私は虚無海上の一虚舟だ」と喝破して、死なんか恐れていない。坂の上の雲を目指す明治の男は、平気で死んでいくんだぞとカッコいい。タハッ! 同じ余命1年半の昭和の男にはカッコよすぎて、どこか腑(ふ)に落ちないが、時間はない。これでもって、死と対決するしかないと覚悟を決めたのだ。(作家)
◇
喉頭がんのため、余命1年半の通告を受けた自由民権運動の指導者中江兆民の遺著。岩波文庫版。
著者:中江 兆民・井田 進也
出版社:岩波書店 価格:¥ 840
著者:エリザベス キューブラー・ロス
出版社:中央公論新社 価格:¥ 1,100
著者:キェルケゴール
出版社:岩波書店 価格:¥ 630
ここから広告です
広告終わり